トランス TRANS (1971)
ステージ上に見えるのは、弦楽器奏者のみ、しかしパーテーションの後ろには管打楽器が隠れています。その音声はスピーカーから聞こえてきます。
中継、というには位置関係が近すぎますが、客席から見えない場所から演奏している、という点では「中継」というジャンルに入れてもいいかと思います。
作品の途中に、トランペット奏者が突然現れてソロを吹く部分がありますが、音だけ聞こえて見えなかった存在が、突然現実世界に現れたような効果をもたらします。
ヘリコプター弦楽四重奏曲 HELIKOPTER-STREICHQUARTETT (1992/93)
《光の水曜日》の第3場面。
4人の弦楽器奏者が4台のヘリコプターに分乗する、という側面ばかりが強調されがちですが、より重要なコンセプトは「中継」演奏にあります。
クリックトラックのみを頼りに、4人がポリフォニーを奏で(お互いに他の奏者の音は聴こえない)、その中継が会場でミックスされてアンサンブルが成就する作品ですが、その4声のポリフォニーの各声部のメロディーが、1~数個の音符の単位で4つの楽器で受け渡されるように仕組まれている(そして、それが全声部で同時に行われる)ところがポイントです。
(音楽的には、このオペラの基礎となるSuperformelが声部の配置が入れ替わって、異なる移高系と持続で3度繰り返されるだけ)
つまり、その複雑なポリフォニーが、場所的にお互い遠く離れ、お互いの音も物理的に聴けない状態で行われている「場」を中継によって実現させる、というコンセプトです。
わかりやすいのが、ルシファー・フォルメルでよく出てくるeins, zwei と数を数える部分です。それぞれの数字が別の奏者で発音されますが、別のヘリコプターでバラバラに発音されているものが、会場では順番に数字を数えているように聴こえる、その状況を中継されている音声や映像から想像することによって、いま行われていることの面白さが実感されるような仕掛けになっています。
至高=時 HOCH-ZEITEN (2001/02)
《光の日曜日》の最終場面。
基本的に同一の楽譜に基づく、オーケストラと合唱のための2つのヴァージョンが、2つの別の会場で同期して演奏されます。
それぞれの演奏は中継されていて、スコア上に指定された7つの場所で、別会場の演奏が、実際の演奏とミックスされます。
オーケストラ版は合唱版よりも18秒先に演奏が開始される指示があるので、両者の演奏がミックスされたときには、生演奏の18秒前、あるいは18秒後の音楽素材(音色だけ異なる)が重なりあう格好となります。
合唱版では、作品の後半、ステージ上手よりトランペット奏者が突如登場、合唱内のソプラノ歌手とデュオを演奏する、神秘的な部分があります。これは、このオペラのテーマであるミヒャエルとエーファの結婚に関連していると同時に、上記《トランス》との関連性も興味深いところです。
ちなみに、《トランス》と《ヘリコプター弦楽四重奏曲》は、どちらも、彼のみた夢から特殊な演奏体系が着想されています。
ステージと別の場所で演奏される音楽が聴こえる先例としては、ベルリオーズやマーラーの交響曲でみられる、遠くからの音が舞台裏で演奏される、というものがありますが、シュトックハウゼンの場合は、「中継」というテクノロジーを使用して、本来は同じ場所に存在しないものを共存させ、一種のポリフォニーを形成する、という点に独自性と現代性があると思います。
この発想は、世界各地の音楽や国歌が一つの音楽を形成する《ヒュムネン》《テレムジーク》など、他の多くの作品にも見つけることができますし、異なる場所だけではなく、異なる時間層が現在と重なりあう(「時間の窓」と彼は表現しています)《ミクロフォニーII》のような例もあります。