シュトックハウゼンの最期

シュトックハウゼン長年のパートナーであるフルート奏者Kathinka Pasveer氏がメールで記したシュトックハウゼンの最期の模様。筆者より転載の許諾を得た日本語訳([ ]内は訳者による補足)

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◆2007/5
シュトックハウゼンは多くの演奏会の依頼を断りました。彼は来年に向けてKLANGからのいくつかの作品を完成させることを臨んでいて、「モメンテ」の出版に向けての細かなチェックを続けているからです。秋には出版ができるとよいのですが。

◆ 2007/10/9
今日は、私たち全員にとって記念すべき日でした。作曲後45年にして遂に「モメンテ」のスコアが印刷工場に送られました!私たちは、このスコアの[出版準備の]ために丸二年を費やしたのです。そして、「モメンテ」のヨーロッパ版のスコアもあと2週間で完成予定です。どちらもとても巨大で美しいスコアです(1ページ66×48cmととても大きく、特製のケースに収められます)。
「モメンテ」の出版は、シュトックハウゼンがかつて体験した中でもっとも困難な道のりでした。自筆譜をスキャンして、全て書き直すことなくコンピュータ上で訂正ができるコンピュータ時代に感謝しなくてはなりません。アントニオ[・ペレス・アベリャン]はこの作業をこの2年間続け、スザンヌ[・スティーヴンス]は100ページに及ぶ演奏指示を[英語に]翻訳し、私はそれをタイプしました。

シュトックハウゼンは今、オーケストラのための「7つの星座」(来年ボローニャでモーツァルト管弦楽団によって初演されます)を作曲中で、これで12宮全てのメロディーがオーケストラで演奏できることになります[訳注]。

◆2007/11/21
[KLANGの]14〜21時間目のそれぞれでは、[24層の電子音から構成される]『宇宙の脈動 COSMIC PULSES』から新たにミックスし直した3つの層が(いくつかのテキスト[の朗読]とともに)使用されています。[電子音楽とともに演奏される]独奏(独唱)パートは新たに作曲され、すでに完成しています。来月、私たちはこれらの作品の電子音のミキシングを行わなくてはなりません。

◆ 2007/12/8
シュトックハウゼンは、「モメンテ」が出版される前に死んでしまう訳にはいかない、といつも言っていました。先週、「モメンテ」のオリジナル版のスコアが印刷工場から届きました。ヨーロッパ版のスコアも本日到着する予定です。

シュトックハウゼンは、亡くなる前日の晩にオーケストラ版の「双子座」の作曲を完成させ、楽譜にすべての小節番号を書き込んだ後、ベッドに入りました。翌朝7時、彼は私たちにこう言いました。「Ein ganz neuer Zeit bricht an, ich habe eine ganze neue Ebene des Atmens gefunden.(新しい時が始まった。私は全く新しい呼吸の方法を見つけたのだ。)」
彼はこの感覚に興奮して、できるだけ素早く起き上がりたい、と言いました。そして、彼が立ち上がると同時に、彼は倒れてしまいました。彼の心臓の鼓動がそこで止まったのです。この美しい体験の中で、彼は、苦しむことも病に冒されることもなく彼の肉体から離れていったのでした。何という旅立ち方なのでしょう!

彼はずっと以前から、自分がもし死んだら、死んだことを誰にも知らせずに、「光の家」と名付けられた木々に囲まれた[作曲]小屋で遺体を三日三晩そっと安置して欲しいと書き残していました。そこで彼は沢山の作品を作曲したのです。そして三日後に、私たちは友人や報道関係者に訃報を知らせました。

来年の初演のために委嘱された作品のすべては完成していて、作品表の最後の作品はフルートと電子音楽のための「KLANG21時間目・楽園」となりました。

[訳注] 2004年に「5つの星座」というタイトルで「ティアクライス」からの5つのメロディー(乙女座~山羊座)のオーケストラ版が作曲された。「7つの星座」はここで作曲されなかった残るメロディー(水瓶座~蟹座)のオーケストラ版であり、この両者を組み合わせることで12のメロディーからなる「ティアクライス」のオーケストラ版が完成することになる。
(訳・松平敬)