シュトックハウゼン「ピアノ曲X」分析・抄

2007年に行った『ピアノ曲X』についてのレクチャーのレジュメ

レクチャーのベースとした文献:
HENCK, HERBERT: “Karlheinz Stockhausen’s Klavierstück X”(独、英)
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この作品は7種類の音素材の様々な組み合わせで作られている。
それぞれの音素材はクラスター、和音の2種類の形態で表れ得る。
・和音の場合の構成音は音素材7は1音(つまり単音)~音素材1は7音とだんだん構成音が増えていく。
・クラスターの場合はその幅が音素材7の場合は長2度~音素材1は3オクターヴ弱とこちらもどんどん幅が広くなる。
これに対応して、強度はppp~fff、使用される音域もだんだん広くなる。
さらに、それぞれの素材には半音階的走句、アルペッジョ、クラスター・グリッサンドなどの特徴的な音形が関連付けられているので、これらの音素材の特徴を聴取するさいの手がかりになる。

作品を全体構造の基礎として「7-1-3-2-5-6-4」という基本セリーが使用されている。

主要部分を等しい演奏時間の7つの部分に分け、それぞれの部分がさらに下位の7つの部分に分けられ(つまり全体が7×7=49の小部分に分かれる)、第1部分は7132564、第2部分は6523174などというように7つのそれぞれの部分で7つの音素材が全て表れるように配置される(配置のルールは基本セリーに由来する)。

それぞれの小部分はあるルールに従って1~7の持続単位が割り当てられるが、第1部は7123456、第2部は4321765などというように、やはり各部分で全ての持続単位が表れるようになっている。

7種類の持続単位は具体的には持続1の時は四分音符1個分、持続2は四分音符2個分~持続6は32個分、持続7は64個分というように2倍ずつ増えていく。
それぞれの持続は、音の密集した「動持続」と、それに引き続く沈黙が支配する「静持続」の2つの部分に分けられ、基本持続1のときは動:静が7:0だったのが、基本持続7の時には1:6というように、持続が長くなると静持続の割合が飛躍的に増えるように計画されている。

それぞれの動持続は、例えば音素材7の場合は7つの下位の持続(それぞれの持続ができるだけ異なるように工夫されている)に分けられ、その持続がスコアの五線の上に記された音符の長さに対応する。
この下位持続の配列の方法も基本セリーから導き出した新しい表に基づいている。

49個の各小部分にはさらに別のシステムによって7段階の「密度」が設定され、これによって下位持続の中に割り振られる音符の数が決定される。

例えば、ある部分が音素材3だとすると3つの下位持続を持つことになるが、密度が3の場合は、最も長い下位持続に1-2-3-4-5-6-7の音符のグループ(つまり計28個の音符)、その次に長い下位持続に1-2-3-4-5-6のグループ、一番短い下位持続に1-2-3-4-5のグループが配置される。各グループの配置は5-2-3-1-4などのように入れ替えられるが、この作業はかなり感覚的に行われている。
それぞれの音符のグループは、クラスターと和音の配置、音域の変化などで聴取しやすいように考えられている。

ちなみにこの密度は作品の後半に行くほどだんだんまばらになり、最後の第7部分では全ての音素材の密度が1になる。

それぞれの小部分にはさらに7段階の「浸透度」というものも設定される。
ある小部分の一部で、「不純物」のように次の小部分で使用される音素材が混ぜられるがこの割合を浸透度と読んでいる。
浸透度1の場合は不純物0~浸透度7の場合は不純物3分の1というように浸透度が増えると不純物の割合がどんどん増えていくようになっている。
この割合に従ってそれぞれの部分のどれだけ数の音符が次の部分の音素材を使用するか、というのが算出され、混入される。
「不純」な前半~「純粋化」していく後半という大きな流れが意図されている。

各小部分の動持続の後には静持続の部分が続くが、この部分では基本的に完全な沈黙になる。但し持続が6,7(作品後半ではさらに短い持続でも)の場合に、沈黙が様々な方法で「彩られる」
ペダリング、ハーモニクスなどによる多彩な残響の効果、先立つ動持続の音素材に対応した短い「残骸」(たとえば音素材5の場合には5つの残骸)など。

後半になると静持続での音楽事象に例外的な要素が増えていき、連続する単音の連打、メロディックな断片などがこの要素として演奏される。

7×7の主要部分に先立つ導入部は、この主要部分を圧縮したような構造を持ち、やはり7×7の部分に分けられるが、大雑把に計算して、すべての部分が主要部の7分の1の持続に極端に圧縮されている。ただし、静持続の部分が全くないので圧倒的な音群が休みなしに連なる様相を呈する。

主要部分の各小部分での「動→静」という構造と、「圧縮された導入部→沈黙が大きな割合を占める主要部分」、という全体構造が、対応している点も重要である。

基本セリーである7-1-3-2-5-6-4は両極端から中庸へという傾向を示しているが、これが作品の様々な側面でも見られる。
クラスターと和音のどちらを使用するか、という決定はある程度感覚的に行われているようであるが、全体を俯瞰すると、クラスターの割合がだんだん減少していくように計画されている。クラスター=ノイズ、和音=楽音、と見れば、ノイズから楽音の移行、というプロセスが計画されている、といえる。

主要部分の冒頭では、メロディックな音素材7の部分の後に、全てがクラスターのいくつかの部分が続き、音素材7の登場(ただしクラスターの混入度がアップ)で中断というように極端な音素材の対照が存在するが、音素材7の持続時間はどんどん縮小していくことによりこの対立も最後にはほとんど見られなくなる。

また主要部の始めの方では音群と突然の沈黙の対立が印象的だったのが、だんだん中和されていき、第7部分では動持続部分の密度も極度に下がることにより音と沈黙の対立が目立たなくなっている。(具体的にはペダル使用によるゆっくりとした音から沈黙への移行が増えている)