「ヘリコプター弦楽四重奏曲」の分析

作品の概要

1992/1993年に作曲。
4台のヘリコプターに4人の弦楽奏者が乗り込み、演奏した音声を会場のミキサーにまとめて再生。
ヘリコプターのプロペラの音と弦楽器のトレモロのグリッサンドの音色がブレンドする。

ズーパーフォルメルの実作品への適用

ズーパーフォルメル(ここの一番下に譜例あり)のテンポ60の四分音符を960倍(=16分)へ拡大したものを実際の作品の構成(演奏時間、中心音etc.)の基礎とする。つまり、このフォルメルは『光』全体の設計図としての意味合いを持つ。フォルメルは60拍、演奏時間1分で構成されているので「光」全体は16時間(=960分)の作品として構想。

heliformel

譜例1:『光の水曜日』全体構造のスケッチ©Stockhausen Foundation for music, Kuerten, Germany

「水曜日」の部分を拡大し(水曜日のピッチに合わせて移高した)3声のズーパーフォルメル全体に重ね合わせ「水曜日のフォルメル」を作成。ただし「ヘリコプター弦楽四重奏曲」では、例外的にズーパーフォルメルの「水曜日」の部分のみを使用。
この部分をさらに4つに分割し『光の水曜日』の4つの場面に割り当てる。『ヘリコプター弦楽四重奏曲』では、対応する部分のエーファ・フォルメルの音形とリズム、すなわちd1(16分音符) – f1(8分音符) – ges1(16分音符)をフォルメルの移高(エーファ・フォルメルの開始音)、拡大の基礎に使う。
16分音符は四分音符240個分(=960÷4)、8分音符は480個分(=960÷2)へと投射され、水曜日の部分の中心テンポは50.5であるので、16分音符の部分では中心テンポを50.5に変更し、スーパーフォルメルの音価を、16分音符の部分では4倍(60拍×4=240拍)、8分音符の部分では8倍(60拍×8=480拍)へ拡大。すなわち、本作の主要部分は、上記のとおり引き伸ばされたズーパーフォルメルが移高を伴って3回繰りかえされる構成となる。ちなみに、この際、3つのフォルメルが常に異なった音域に配置される。以上をまとめると、以下のようになる。

音価 240拍(×4) 480拍(×8) 240拍(×4)
開始音 d1 f3 ges2
高音域 L E M
中音域 M L E
低音域 E M L

各楽器がグリッサンドを駆使する事により3つの音域を行き来し、一つのフォルメルを1~数音ずつ複数の楽器で交替しながら演奏。
そこに重ねて、拡大されたミヒャエル(as)とルツィファーのフォルメルの断片(G-Gis-A-Ais。各々274拍(≒960×2÷7)ごとに新しいピッチへ)を繰り返し演奏(長い持続音の代替)。

主要部分の前後に「離陸」「着陸」という部分を付け加え、ここでヘリコプターが離陸、着陸する。この部分のピッチもズーパーフォルメルから導き出される。d1-es1という『ヘリコプター弦楽四重奏曲』の直前の音形(エーファ・フォルメル)は「離陸」の部分に使用される。

以下の譜例は、冒頭の「離陸」、そして続く1度目のフォルメルの呈示の冒頭である。d1-es1のエーファの音形が第1ヴァイオリン、ヴィオラのas、チェロのGはそれぞれミヒャエル、ルツィファーのフォルメルのピッチである(cf. 譜例1)。

2段目から始まるフォルメルはエーファ(最低声部)の開始音がDになるよう移高されている。なおこの段は楽器ごとではなくフォルメルごとにまとめられた、いわば「観賞用」のスコアである(実際の出版譜には、この下に通常のフォーマットのスコアが併記されている)。楽器の割り当ては直線の色によって視覚的に表現されている。

=第1ヴァイオリン、=第2ヴァイオリン、黄色=ヴィオラ、オレンジ=チェロ

離陸、およびフォルメルの1度目の呈示 ©Stockhausen Foundation for music, Kuerten, Germany

譜例2:離陸、およびフォルメルの1度目の呈示 ©Stockhausen Foundation for music, Kuerten, Germany

上下する直線はグリッサンド(大半はトレモロを伴い、ヘリコプターのプロペラ音とミックスされる)で演奏されるので、音ごとに楽器が入れ替わって演奏されることが視覚的にも分かるであろう。クリックトラックのみを頼りに4台のヘリコプターに分乗した4人の奏者がこれを演奏する、という曲芸的な技術が求められている。演奏が困難であるのはもちろん、聴取する側にも、入り組んだグリッサンドの中からこの3声のポリフォニーを聴き取る事が要求されている。

以下は、フォルメルの2度目の呈示、冒頭部。譜例2と比べてみると、フォルメルの音域の配置が交替し、持続が2倍に変わっていることが確認できるであろう。さらに、エーファの開始音がFになるように移高されている。

なお、へ音譜表の最後のGis音は、引き伸ばされたルツィファー・フォルメル水曜日部分の2つ目の音である(同じ段の前に見えるas, Gも、ミヒャエル、ルツィファー・フォルメルから由来する音。cf. 譜例1)。

前述のとおり、ルツィファー・フォルメルの低いGは冒頭から274拍後にGisに変化する。フォルメルの1度目の呈示は240拍で行われ、そこに続くこの譜例の部分のGisに至るまでの持続は34拍なので、たしかに274拍後(=240+34)にGからGisに変化していることが確認できる。この変わり目を強調するために、それまで繰り返し現われたGになかったアクセントがこの音には付加されている(A, Aisに変化する時も同様にアクセントが付けられている)。

譜例3:第2のフォルメル呈示 ©Stockhausen Foundation for music, Kuerten, Germany

譜例3:2度目ののフォルメル呈示 ©Stockhausen Foundation for music, Kuerten, Germany

初演後にFORMATIONというコーダ部を追加(主要部分と「着陸」の間に挿入)。
ポリフォニックな主要部と対照的に、すべての楽器がホモフォニックに演奏。
構成音は3つのフォルメルの核セリー(主要部分の3回目のフォルメルの呈示と同様の移高)から導き出される。ルツィファー・セリーを1音ずつ後追いしたチェロ声部を付け加えることにより4声のハーモニーが完成する(譜例4)。
この部分の持続は、ミヒャエルの核フォルメルの持続から決定される。

formation

譜例4:FORMATIONのピッチ構造(見やすいようにオクターヴは適宜調整)

「着陸」では、全楽器がグリッサンドで下降し、この作品のフォルメル(譜例1)のas(ミヒャエル)とAis(ルツィファー)に収束(譜例5)。

heli3

譜例5:着陸 ©Stockhausen Foundation for music, Kuerten, Germany

特殊奏法

スーパーフォルメルでの管楽器を想定したノイズ的な音色を弦楽器用に翻訳
数字を数えるイヴェントでは4人の奏者が交替に演奏しながら「歌唱」。この時必然的に現われる「S」などの子音もノイズ成分として積極的に使用。

スコア出典:
Karlheinz Stockhausen(2000). HELIKOPTER-STREICHQUARTETT. Stockhausen-Verlag
スコア購入はこちらから

リンク:シュトックハウゼン公式ページ