シュトックハウゼン講習会レポート(2007年)

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今年もシュトックハウゼン講習会のためにキュルテンへやってきました。

人よりも牛の方が多いのでは、と思うほどの田舎で、今まではホテル(というより民宿)も含めてインターネット接続など夢のまた夢でしたが、なんと今年は事務局の部屋の周辺で無線インターネットができるようになりました!

ということで、時間があれば講習会の模様をリアル・タイムでお届け出来るかと思います。

ちなみに会場に着いた時は、Trumpetentの練習をしていて、巨大な特製テントの中からベルだけ出して4人のトランペット奏者が演奏していました。

講習会1日目

取急ぎ簡単なコンサートの内容などのみ。

開会式:「少年の歌」

コンサート:
 「ピアノ曲I~V, VII~IX」
  KLANG2時間目「喜び」

今年までは二人のピアノ講師が、レパートリーを棲み分けていた感じですが、今年はお互いのレパートリーを交替しての演奏となります。
今までベンヤミン・コブラーが演奏していた曲目を、昨日はフランク・グートシュミットが演奏しました。
逆に今まで彼が演奏していた「ピアノ曲X」は最終日にベンヤミン・コブラーが初めて演奏する予定です。

午後に演奏のマスター・クラスのオーディションを兼ねた初レッスンがありましたが、土曜日の受講生コンサートで「シュピラール」を演奏することになりました。
正式な決定は聞いてなかったのですが、開会式の挨拶の中で、シュトックハウゼンが何人かの予定出演者の名前と曲目を挙げて、「公式」な決定になってしまいました。

シュトックハウゼンは「心配しなくてもいいよ」と言ってくれたのですが、当日のゲネプロが今から怖いです。

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『ピアノ曲I』の自筆譜(当初は『ピアノ曲C』というタイトルだった)

講習会2日目

昨日のコンサートは「HUについてのレクチャー」と「祈り」の二本立てでした。
何度か実演を体験している作品ですが、見るたびに新しい発見があります。

シュトックハウゼンのはじめの奥さんのドリス・シュトックハウゼンがコンサートに来ていました。

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『祈り』のフォルメルを記した巨大パネル。 『HUについてのレクチャー』では、これを使用して説明する。

講習会3日目

昨夜のコンサートの曲目です。

「友情に」(トランペット版)
「コメット」(打楽器版)
「月曜日の合唱」(8チャンネルの電子音楽)

トランペット版の「友情に」は初めて生で聞きましたが、最低音域から超高音まで頻繁に跳躍し同時に楽器を上下左右に動かすこの作品は、木管楽器では簡単なこともトランペットでは超絶技巧になります。
マルコ・ブラウも健闘していましたが、マルクスの神業級の領域にはまだ及んではいません。

「コメット」は予想通りの好演。

「月曜日の合唱」は生では初めて聴きましたが、8チャンネルにミックスされたコーラスのハーモニーの複雑な絡み合いは絶妙でした。CDになっているステレオ版ではこの立体的な効果が分かりにくかったので、思わぬ収穫になりました。

本日よりコンポジション・セミナーもスタートしました。
KLANG2時間目「喜び」のアナリーゼですが、今回は二人のハーピストの実演も交えてのアナリーゼになります。
相変わらずテキストは充実していて、説明なしにこれを読むだけでも十分内容が理解出来ます。

講習会4日目

昨晩は第一回目の受講生コンサートでした。

「カティンカの歌」(電子音楽付きの版)
「ピアノ曲XII」

コンポジション・セミナーは24のモメントに分かれた作品の各部分を詳細に説明しながら進んでいっていますが、今回の作品は、シュトックハウゼンにしてはシンプルな作りなので理解は容易です。そのせいか、シュトックハウゼンの作曲の癖がよく見えてきて興味深いです。
分析の後に、ハープの実演を聴くスタイルで作品の理解に大いに役立ちますが、演奏するたびにステージ上で演奏のダメ出しをするのが個人的にはツボにはまりました。

講習会5日目

昨晩のプログラムは以下の通りです。

KLANG5時間目「ハーモニー」(バス・クラリネット版・世界初演)
KLANG4時間目「天国への扉」
「水曜日の別れ」

KLANGの新作は、これまでの同シリーズの作品に比べて短めの作品(約15分)となります。バス・クラリネット独奏のためのこの作品は様々な音域で奏される数音からなるメロディーの断片が、幅広い音域の素早いアルペッジョの繰り返しで、和音のように奏され、それがリタルダンドすることによって再びメロディーに戻る、などのイベントが様々に繰り返される作品です。
一見非常に地味な作品ですが、リハーサルで何度か繰り返し聴く内に作品の面白さがじわじわと分かってきました。
神秘的で美しい作品ですが、幅広い音域を瞬時に切り替えるのは管楽器では相当演奏困難だと思われます。

「天国の扉」は初演を生で聴き、CDでも繰り返し聴いた作品なので、より作品の細部を楽しむ事ができました。演奏も昨年より格段に進歩したように感じました。

「水曜日の別れ」は立方体状に配置された8チャンネルの電子音楽ですが、上下左右に広がる白昼夢のような音響がゆったりと楽しみました。

コンポジション・セミナーはさらに先の部分の分析でしたが、ハープのグリッサンドに満たされた部分をどのように作曲したかの説明は非常に興味深かったです。
セリエルな構造と、ハープのペダリングによる非セリアルな音響を混ぜ合わせる発想を特に興味深く感じました。

講習会6日目

昨晩は2回目の受講生コンサートでした。

「友情に」(ファゴット版)
「ピアノ曲V, VII」
「ハルレキン」

ファゴット版の「友情に」は視覚、聴覚ともに楽しめるものでしたが、昨晩の圧巻は「ハルレキン」でした。
本講習会の常連でクラリネット・クラスの中で最も優秀な受講生のミケレ・マレッリの演奏とあって期待をしていましたが、予想通りの名演でした。
もともと女性のクラリネット奏者を想定した作品でしたが、彼の中性的な雰囲気のおかげでそれほど違和感を感じませんでしたし、技術的に余裕がある分、女性が演奏するよりも女性的なエレガントさを感じました。

45分あまり至難なパッセージを演奏し続けながら、ダンサーなみにステージを動き回る難曲で、丸2年準備をしたそうですが、彼の手にかかると、その至難さはほとんど感じさせず、むしろ演奏を楽しんでいる印象をより強く感じました。

講習会7日目

昨晩のプログラムは今回の講習会のクライマックスとも言える素晴らしい内容でした。

MICHAELs RUF
KLANG5時間目「ハーモニー」(フルート版・世界初演)
トランペッテント
ティアクライス(テノールとシンセのための版)
KLANG13時間目「宇宙の脈動」

MICHAELs RUFは4本のトランペットのためのファンファーレ的な作品です。
バス・クラリネットが原曲の「ハーモニー」をフルートのためにアレンジした版もまた違った魅力があり楽しめました。
管楽器では至難な高音域に渡る急速なアルペッジョの効果は、さながら6本の弦を持つヴァイオリンのための作品のように響きました。

トランペッテント(正確な発音はトゥルンペテント)はまた4本のトランペットのための作品ですが、4人の奏者が客席の外から登場し、客席の間を様々に動き回ることによって、素晴らしい空間移動の効果を生み出していました。
最後の部分でステージ状のテントの中へ移動、テントの4つの穴からトランペットのベルだけ出して演奏する瞬間には失笑が漏れていましたが、音楽自体は極めて美しいものでした。

ティアクライスのテノールとシンセのための版は3年前にも聴きましたが、やはりアントニオの秀逸なシンセのプログラミングが素晴らしいです。

そして昨晩の圧巻が8チャンネルの電子音楽「宇宙の脈動 COSMIC PULSES」でした。
超低音から超高音まで配置された24のレイヤーが奏でるメロディーが様々なテンポで、複雑な空間移動をしながら重なっていくのですが、あまりの複雑さにそれぞれの音を追うことは全く不可能です。

聴いた後しばらく平衡感覚がおかしくなるほどの濃密な音の密度が限界を知ることなくどんどん高まっていく凄まじい内容で、彼の電子音楽の最高傑作と言っても良い仕上がりだと思いました。

そして演奏が終わったあとの聴衆の反応はロック・コンサートのようでした。

さて、本日は私が「シュピラール」を演奏しなくてはなりません。

講習会8日目

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SPIRAL演奏風景。手元にあるのは短波ラジオ

昨日は無事に電波も拾え「シュピラール」を演奏することができました。

とりいそぎ昨晩の受講生コンサートの曲目のみ

SPIRAL
ZUNGENSPITZENTANZ
TIERKREIS(メゾ・ソプラノとシンセのための版)
Xi(フルート版)
EVAs SPIEGEL
SUSANIs ECHO
DIE KLEINE HARLEKIN
ELUFA

後半はクラリネット・クラス、フルート・クラスの受講生揃い踏みのメドレー形式でのプログラムでした。

本日は最終日、ベンヤミン・コブラーによる「ピアノ曲X」の初披露と「オクトフォニー」の予定です。

講習会最終日

最終日のプログラムは以下の通りです。

ピアノ曲X
オクトフォニー

ピアノ曲Xでは素早いパッセージと突然の沈黙、あるいは極端に長い残響音、ハーモニクスなどのコントラストを興味深く聴きました。

オクトフォニーは前回聴いた時は数人の器楽奏者が加わった変則的な版でしたが、今回は完全に8チャンネルの電子音楽だけの版。

身体を取り囲むように聴こえる重厚な和音、上下左右にグリッサンドしながら動き回る様々な音素材が70分近く展開されますが、長い曲にも関わらず全く飽きることなく聞き通せました。
電子音楽マニアにはたまらない音響で、中央付近の席を確保出来なかった数人の聴衆がミキサー席の真後ろの床に座って聴くハプニングもありました。

そして、土曜日の私のSPIRALの演奏に対して、遂にシュトックハウゼンより賞金を頂くことができました。きちんと賞の名前がある訳ではないので翻訳が難しいのですが、2等賞に相当する評価を受けることが出来ました。
ちなみに、本来想定していた3人に絞ることができなかったので、1等賞に相当する賞金を2人、2等賞に相当する賞金を4人で等分する形になりました。

購入・シュトックハウゼン講習会

無事帰国しました。

シュトックハウゼン講習会の楽しみは、レクチャー、レッスン、コンサート以外に、各種スコア、CD、文献などを売店で閲覧、購入出来ることにもあります。

すでにCDは発売済のものは全て所有しているため買うものがないのが残念ですが、いくつかの文献、スコアを購入しました。

文献としてTEXTEの3巻、4巻、スコアは「3xルフラン 2000」、「ヒュムネン」オケ版、「ティアクライス2003年版」、KLANG2,4時間目などを購入しました(2時間目のスコアは受講生特典で半額で購入)。
そして何年も前から興味は持っていたものの高価な為購入をためらっていた「少年の歌」のファクシミリ版スコア&スケッチも遂にゲットです。

「自然の持続時間」は24曲目までの全曲のスコアのコピーを近日中に送付してもらう予定ですが、すでに入手済の15曲目までも細部の改訂を施したコピーを再度送付してくれるそうで非常に楽しみです。
5月の企画のために作成した同曲の分析資料を送ったところ、日本語のままにも関わらず非常に喜んでもらい、同時期にたまたまドイツの音楽学者が行っていた同曲の分析と比べても、こちらの分析の方が踏み込んでいる部分も多く、全曲の分析を改めて行おうと考えています。

そして、演奏終了後にシュトックハウゼンからスペシャル・ニュースを授かりました。
KLANGシリーズの1曲としてバリトンと電子音楽のための新作をすでに作曲済とのことでした!
いままでバリトン・ソロのためのオリジナル作品がなかったのですが(アンサンブル作品、バス独唱の作品はあります)、ここにきて遂に登場しました。←15時間目ORVONTON

スコアも興味があるのなら送ってくれる、ということで、大興奮です。

タイトルや何時間目になるのかはよく覚えていなかったようですが、十何時間目だったかな、というような話をしていたので、KLANG24曲完成はそう遠くない未来のようです。

KLANG2時間目「喜び」アナリーゼ概略

今年のシュトックハウゼン講習会のコンポジション・セミナーのテーマであったKLANG2時間目「喜び」のアナリーゼの非常に大雑把な概略を以下にまとめます。
それ自体で詳細な分析を理解できるスケッチや譜例満載のテキストの残部やスコアそのものは購入可能ですので、興味のある方は実際に現物をご覧下さい。


ミラノの大聖堂での聖霊降臨祭で演奏される作品を委嘱されたシュトックハウゼンは歌も歌う二人のハーピストのための作品の構想を思いつき、歌詞としてVeni Creator Spiritusを選ぶ。この歌詞は24行の歌詞をもっているので、それぞれの行をこの曲を構成する24のモメントに対照させ歌われるように考えた。
(24のモメントはKLANGの基本コンセプトである1日の24時間に対応)

まず始めに、この24のモメントの概略がスケッチされた。一枚の紙にそれぞれのモメントのテクスチュア(図形)、中心音、対応する歌詞が書き込まれているが、この1枚のスケッチが40分近くの作品全体を俯瞰したものになっている。
このスケッチは1時間ほどで一気に書き上げられたそうである。

1時間目でも使われた24音のセリーがこの曲でも使用されている。
この内の前半の12音を長三度下げたもの(セリーの始めは長三度下降だから)が、中心音として使用され、第1,第2モメントはc、第3,第4モメントはasというように各モメントごとに同一の中心音が使用される。

リズム構造としては1時間目のためにスケッチされた膨大な「リズム・ファミリー」がそのまま流用されている。
各モメントをスケッチからリアライズする際に、そこで示されたテクスチュアを踏襲しながら24音セリーとこのリズム・ファミリーを組み合わせることにより、半ば自動的にピッチとリズムが決定されている。
もちろん音域、ポリフォニックな音の重なりなど、厳密に規定されていない面でシュトックハウゼンの創造性が発揮されていることは言うまでもないが(そしてこの部分の詳細な分析が本当は最も重要)、ここでも各種要素がセリエルに構想されている。

6音セリーの変形のみで構成された24音セリーの繰り返しによる単調さを回避するために、さまざまな手段でこのセリーが変形される。
6音のグループに分割されたセリーをそれぞれ逆行形にして並べ替えたり、基本形と反行形を様々な方法で組み合わせて何種類もの新しいセリーを生み出している。
(各モメントの中心音として規定された音から始まる移高形が用いられている)

半音を網羅するセリーを全音階的にチューニングされたハープで演奏することはペダルの頻繁な操作が大きな問題になる。
2台のハープで異なるチューニングを施すことによって半音階を網羅するように工夫されているが、この不自由なチューニングを逆手にとって、ハーモニーの多彩さを際立たせハープとしての自然な響きを利用し尽くす作曲の重要な要素としての利用もしている。

複数の和声が長時間続く場面では、各和音の最上声部のみがセリエルに規定され、下の声部はハーピストにとって演奏しやすい指使いを考慮して自由に規定されている。そうすると下の声部の構成音はその時のチューニングに規定され、同じ指使いでも状況によって微妙に和声が異なることになる。
グリッサンドを多用する箇所でもいくつかの「折り返し地点の音」のみがセリエルに規定され(当然構造をはっきりさせるためこれらの音はアクセントをつけるなどの強調が行われる)るので、その他の音はその時のチューニングに依存する。

セリエルな構造が、ペダリングの煩雑な変更を回避するために部分的に半音ゆがめられたり、という場所すら存在している。

「光」の時のように各部分がテンポの半音階で、厳密かつ複雑に規定する方法はここでは取らず、歌詞の雰囲気などから大まかなテンポが考えられ、リハーサルを通じてそれがメトロノーム記号に確定され(但し約60などの表記も多いです)、フェルマータの長さも同様に規定される。
リズムやフレーズの長さが規則的な持続構造にならないように常に配慮されている(セリーを使用する意図の一つはここにもある)ことはいつもと同じ。


実際のレクチャーは作品の概略の説明の後、一日に始めから数個ずつのモメントを分析していく段取りで進められました。
スケッチに示されたテクスチュアの図形と実際の音楽の関わり合いを把握した後、そのモメントのみを実演するのですが、作品全体が長くても各モメントの長さは最大でも3分程度、細切れに聴く事により作品の魅力を隅々まで味わい尽くすことが出来ました。