シューマンの『献呈』の後奏にシューベルトの『アヴェ・マリア』が引用される、という話はあちこちで聴くが、(単にメロディーが似てしまったのではなく)意図的な引用なのか、そしてその根拠は何なのかを納得いく形で説明しているものは、ほとんど見かけない。
この歌曲が結婚式前日にクララに贈られたので、そのことと関連づける説明はよく見かけるが、ほとんどの説明は単なる印象論で、具体的な根拠が一切示されていない。
色々と調べてみたところ、内藤晃氏の説明(以下リンク)は、腑に落ちるものであった。
https://akira-naito.com/essays/ongen1.pdf
シューベルトの『アヴェ・マリア』をピアノ・ソロ用に編曲したものがクララのレパートリーであり、結婚直前のシューマンとの手紙の中で、この曲についての言及がある、というものだ。
この引用が意図的なものだとすると、そもそも『献呈』は『アヴェ・マリア』へのオマージュとして作曲されたのではないか、というさらなる推測もできる。両者のアルペッジョによる伴奏音形を比較してみると、その類似性は明らかだ。
花飾りを象徴するかのような上行して下行するパターンが共通しているだけではなく、そのアルペッジョが2声になっているところも同じだ。しかもシューベルトの2声の音程関係を転回するとシューマンのそれになるところも、偶然としては出来すぎな類似だ。
ちなみに、この音形と類似したものは『女の愛と生涯』にも現れる。主人公の女性が結婚式直前の心境を歌う歌曲集5曲目だ。ここでは、「ミルテの花飾りをしっかりと巻いてくれ」という、『献呈』作曲時のシチュエーション彷彿とさせるような歌詞も現れる。