シェーンベルク『ワルシャワの生き残り』の語り手のパートについて

この作品の中心となる語り手のパートは一線譜で書かれている。ほとんど全ての箇所でリズムは厳格に記譜されているが、音高は相対的な関係を保てば良いと言うことだ。記譜される音高の決定は、言葉のイントネーションに従って感覚的になされているものと思われるが、音高の使い分けはかなり細かい。

中心の一本線を基準に、上下とも加線を最大2本ずつ使ったピッチが指定されているので、11種類の高さが書き分けられている事になる。さらにそれぞれの音高は変化記号を伴って微細なニュアンスが書き分けられているので、それもカウントすれば音高の種類はさらに多いことになる。

最も低いピッチが使われているのは、収容所の看守やその部下が手当たり次第にユダヤ人に殴りかかり、それを見て「全員死んでいる!」と報告する場面。

逆に最も高いピッチが使われているのは、その直後、ユダヤ人に(その死体の人数を)「数えろ!」と命令する部分。

細かい音高の使い分けがなされているだけに、意図的に同じピッチに固定されている部分の表現力が浮き彫りになるのも心憎い。ここは、看守の命令に従ってユダヤ人たちがゆっくりと人数を数え始める場面。

ここから音楽が盛り上がり男声合唱による「シェマー・イスラエル」へとつながる。

このメロディーは実は、作品の前半に予告のような形でホルンの弱音で奏されている。

このメロディーに重なる語り手のパートもさりげなく、このメロディーのアウトラインをなぞっている。

ちなみにこのメロディーのB-H-Eという冒頭部は、Ais-H-Eと読み替えればいかにもユダヤ的なメロディーであると解釈できる。おそらく偶然と思われるが、ショスタコーヴィチの『ピアノ三重奏曲第2番』や『弦楽四重奏曲第8番』に現れる「ユダヤの旋律」とも酷似している。