サティの『ヴェクサシオン』は短い楽想を840回繰りかえすという極端な演奏指示がよく話題になりますが、その音楽自体も特徴的です。
作品は、低音の単旋律のテーマと、その上に2声を足した3声の部分が交替しますが、ここで使用されている和声は二箇所の例外を除き、すべて減三和音の第一転回形となっています。テーマ自体も半音階の11音を使用した無調的なものなので、全体の音楽は不安定な響きに満たされています。
(こちらは、全体の音源です(1回分)。原曲はピアノ・ソロですが、木管三重奏にアレンジしてあります)
さらに興味深いのは、その記譜法です。7、8拍目はfis,cisと完全5度で記譜すれば読みやすいのに、わざわざges,cisと重増4度で記譜して、その音を想像しにくくしています。最後から3、4拍目のges-dis-ces(重増5度+重増2度!)もfis-dis-hと記譜すればシンプルな長三和音となるのに、わざわざ複雑に記譜しています。これはタイトルの「いやがらせ」ということと関連があると思われます。
ちなみに、このテーマから変化記号を取り去るとこのような平易なメロディーになります。
私の推測では、サティはまずこの形でメロディーを作り、そこにできるだけ調性感がなくなるように変化記号を半ば機械的に付け足したのではないかと思います。
変化記号のある音符は、必ず3個連続し、いずれもシャープとフラットが1つずつ交替している現象も(メロディーの高い音にシャープ、低い音にフラットをつけメロディーを上下に歪ませる意図かと思います)、この推論の信憑性を高めているのではないかと思います。
変化記号だけ抜き出してみると
–♯♭♯—♯♭♯–♭♯♭–
となります。(-は変化記号のつかない音符)
ちなみに、全体が不安定な和音で満たされている3声部分も変化記号を省くと、さわやかな響きになります。
シャープ一つのト長調の調号を適用すると、ほとんどの和音が長三和音、または短三和音となり、原曲とは全く異なる作品となります。こちらの音源もお楽しみ下さい。