「カッチーニのアヴェ・マリア」と知られる作品の作曲者が、どうやらソ連のリュート奏者ヴァヴィロフという人の作らしい、という記事を以前書いたことがありますが、この曲に関する新しい資料と情報を見つけたので以下に記します。
この作品の世界初録音は、メロディアから発売されていたヴァヴィロフのアルバム《ルネサンスのリュート音楽》に収められています。録音は1970年、16世紀の作者不詳の《アヴェ・マリア》としてクレジットされていますが、音楽は、今知られているものとほとんど同一のアレンジです(冒頭のリュートのソロの和音が少し耳新しい程度の違い)。リュートとオルガンの伴奏で、リュートはヴァヴィロフ自身が弾いています。
CD化されたこのアルバムの後半は、ヴァヴィロフとは別のリュート奏者のアルバムが併録されていますが、前半のヴァヴィロフの部分の曲目リストは以下の様になっています。
・ダ・ミラノ:リュートのための組曲
・イタリア民謡(16世紀):スパニョレッタ
・作曲者不詳(16世紀):アヴェ・マリア
・ニグリーノ:リチェルカーレ
・ガリレイ:リュートのための組曲
・ノイジードラ:シャコンヌ
・イギリス民謡:グリーンスリーヴスとガリアルド
・フランス民謡:トゥルディオン
・バイフ:パストレッラ
・ゴーティエ:ガヴォット
かなり、渋いラインナップになっていますが、一聴してわかるのが、どれもルネサンス音楽とは思えない作品ばかりで、モリコーネあたりが作った擬似バロック音楽のような響きを持っています(それはそれで面白いです)。ひょっとして、これは!?と色々調べてみると、このアルバムのグリーンスリーヴス以外のすべての曲はヴァヴィロフ自身の作品らしい、ということが判明しました。つまり、アルバム全体が偽作のルネサンス音楽という大胆な試みを行っていたということです。
詳細は、こちらの記事を御覧下さい(原文はロシア語ですがGoogle翻訳で英訳したページにリンクを張っています)
>ロシア語の原文を当たっていないので事実誤認あるかもしれませんが、凡そ以下のように理解しています。
ヴァヴィロフはギターやリュートを演奏していたが、作曲家になりたかった、しかし正式な作曲の教育を受けていないので、自分の名前で作品を発表するのをためらっていたようです。手始めに教則本によく知られたギタリストの作と称して、自作を発表し、それで味をしめたら、今度はルネサンスの作曲家を騙って自作をコンサートなどで演奏し始めたようです。聴衆が、なんだか古雅な作品だな、と何も知らずに好意的な反応を寄せてくれたようです。そして、全曲自作によるこのアルバムを「ルネサンス作品集」として録音したのです。リンク先の記事に、ヴァヴィロフをよく知る人が、すべて彼の作品だ、と証言している部分もあります。
そして、このアルバムはソ連国内ではそれなりに反響があったようで、《アヴェ・マリア》もそれなりに知られていた可能性があります。
1970年代にヴァヴィロフはこの曲をもう一度録音しています(以下のCD)。
Irene Bogachyovaと録音したときには、この曲のクレジットが(G.Cacciniではなく)D.Caccini作となっていて、この録音によってカッチーニ作というクレジットが引き継がれるようになったのではと推測されます(ヴァヴィロフは1973年に亡くなっているのに、1974年録音となっているのも不可解ではあります)。
ここでのアレンジは、初録音での冒頭のリュート・ソロがなくなって、より現在よく知られているヴァージョンに近くなっています。
ということで、状況証拠はかなり揃ってきましので、ヴァヴィロフ作曲ということで、ほぼ断定しても良いかと思います。