ストラヴィンスキー『ふくろうと子猫ちゃん』のセリー

ストラヴィンスキー晩年の歌曲『ふくろうと子猫ちゃん The Owl and the Pussy Cat』(1966)は、他の後期作品と同様、十二音技法で作曲されている。戦後世代の作曲家によるセリエルな作風を意識したと思われる他の同時期の作品と異なり、この作品は、そう言われなければ十二音技法の作風とは全く感じられない、民謡的な平明さに満ち溢れている。その秘密は、この作品の基礎となる12音列の構造にある。このセリーの原型は以下のようなものだ。

大きく3音からなる4つの部分に分けられるが、それぞれの部分が旋法的な構造を持っている。
A,B,Cは、完全4度を長2度、短3度に分ける民謡によく出てくるテトラコルドの音程構造を持っている(点線のスラーが完全4度、あるいはその転回音程の完全5度)。Dには完全4度は含まれていないが、長2度、短2度という全音階に含まれる音程構造となっており、特にこの音列の並びだと変ロ短調の半終止のようにも聞こえる(dis, fisをes, gesと読み替える)。

これが反行形となると、Dの部分はロ長調の完全終止のように聞こえる。

音列の原形に話を戻そう。
4つの部分それぞれが旋法的な響きを持っているが、AとC、BとDそれぞれを組み合わせると、増4度を隔てた二つのヘクサコルドが現れる。

ヘクサコルドは「全音-全音-半音-全音-全音」という対称な音程関係でできているので、反行してもその音程関係は保たれる。しかも増4度は反行させても同じ増4度なので、2つのヘクサコルドの音程関係も保たれる。

原形と反行形のそれぞれのヘクサコルドを組み合わせるとハ長調と嬰ヘ長調という増4度を隔てた二つの長音階が現れる。

この作品では1箇所の例外を除いて、譜例に掲載した移高形しか現れないので、作品全体はハ長調と嬰ヘ長調の複調で作られていると解釈することができる。
ちなみに、一度だけ現れる移高形は、反行形を増4度下に移高したものである。つまり、ハ長調は嬰ヘ長調へ、嬰ヘ長調はハ長調へと移調されるので、ここにおいても調性の構造は保たれることになる。
(ストラヴィンスキーによる類似した有名な例として、ハ長調と嬰ヘ長調を重ねた『ペトルーシュカ』が挙げられる)

作品中でこの音列は旋律要素として、ほぼ剥き出しに現れる。いくつかの音を何度も繰り返すことで、各セクションの旋法的な要素が強調されることになる。以下は、冒頭の歌唱声部。Aの3音が何度も繰り返されている。