シューマンの歌曲集《詩人の恋》の全16曲の調性構造は、以下のように見事に配置されています。
(例:A=A-dur, a=a-moll)
fis – A – D – G – h – e – C – a – d – g – Es – B – es – H – E – cis(→Des)
すべて異なる調性になっているだけではなく、前半ではシャープ系の調号がだんだんと減っていき、作品の大きな転回点となる7曲目〈Ich grolle nicht〉では調号のないハ長調に、以降、フラットの調号がどんどん増えてゆき、作品中もっとも陰鬱な13曲目〈Ich hab’ im Traum geweinet〉では、もっともフラットの調号が多くなり(フラット6つ)、以降再びシャープ系の調号になる、など、詩のストーリー展開と調性の関連が綿密に考えられていることもすぐ分かります。
ちなみに、1曲目は調性が分かりづらいのですが、イ長調ではなく嬰ヘ短調です。この主和音は一度も現れないのですが、そう解釈しないと、各曲の調性がすべて違う、というコンセプトと矛盾してしまうのです。
その1曲目は、嬰ヘ短調の属和音で終わり、主和音へ解決することなく、結局調性が曖昧に終わるのですが、ここで出てくるfis-eisという半音階進行が、ここでは謎めいて聞こえるのに対し、終曲の最後、この同じ半音階進行が再び登場します。但し、ges-fと異名同音で現れ、変ニ長調の主和音へと解決します(下記譜例をご参照下さい)。
これも偶然ではない意図された連関だと思います。
以上の調性構造を踏まえると、中声、低声で移調して歌う場合にも、この関係をそのまま保つことが望ましいのは当然ですが、もっとも普及していると思われるペータース版の移調譜は、この関係を無視したバラバラな移調になっていて、実際の演奏もその移調を無批判に受け入れたものが多い現状があります。
この問題はもっと注目されても良いかもしれません。
以下の譜例は、上記の調性構造を視覚的に分かりやすくしたものです。
16曲各曲の主和音どうしの共通音がたどれるように配置してみました。
(隣り合った主和音間には必ず一つまたは二つの共通音があります)
最終曲のみ、曲の最後で調号が変わるのでスラーでつなぎ2つの主和音を配置しています。
調号がシャープよりになればピッチが高く、フラットよりになればより低くなりますが、異名同音の関係で、フラットからシャープ系に移るときもピッチが下がっていきます。
下の数字は、調号の変化記号の数です。何もない数字はシャープの数、マイナスを付したものはフラットの数です。
一目瞭然なのが作品全体を通じてシャープ系からフラット系へと移行している傾向です。
同主調への転調があまり使われていないことも特徴です。あからさまにあらわれるのが最終曲のcis-mollからDes-durのみで、あとは1曲はさんで11曲目と13曲目がEs-durとes-mollという関係になっているくらいです。そのどちらも作品の重要なポイントになっていることも見逃せません。
最後のDes-durは冒頭のfis-mollからずいぶんと遠いようにみえますが、Des-durをCis-durと読み変えれば、fis-mollに簡単につながることができます(fis-mollの属和音)。
このことから、この歌曲集の調性の変化はある種の円環構造を持っているとも解釈できます。