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この演奏会のプログラムの最後は打楽器の小川真由子さんとの共演によるケージの「龍安寺」でした。
この作品は打楽器がひたすら単調なリズムパターンを刻みながら(龍安寺石庭の砂を表している)、声が終始ゆっくりとしたグリッサンドで歌い続ける(石庭の石のラインを模している)というもので声と打楽器のリズムの同期は楽譜上に何の指示もありません。つまり2人が互いに関係なく演奏する、ということですので小川さんがどのような演奏をするのかは当日のゲネプロまで全く知りませんでした。
使用する打楽器の選択は2つ以上の異質な素材(例えば金属製と木製のもの)を組み合わせて残響の少ないサウンドを作るという指示のみで、あとは演奏者に任せられていますが、小川さんは珊瑚や色々なものを詰めた大きなスーツケースなど「楽器」とは思えないようなものばかりを組み合わせて非常に複雑な音色を作っていました。
声のパートの準備には様々な事が必要でした。
楽譜は龍安寺の石庭そのものを思わせるような細長い長方形の枠の中に曲線が描かれていて、このラインをメロディーラインと解釈して演奏します。縦軸はピッチの高低を表し楽譜の見開きごとに具体的な指示がありますが、横幅の時間軸に関しては楽譜の見開きを約2分で演奏する(見開きに4つの長方形が印刷されているので一つの長方形の演奏時間は30秒)という指示があるのだけで目盛のようなものが一切印刷されていないので、そのままの状態でこの指示を守る事は非常に困難です。多重録音(後述)のパートとの同期の問題もあり、テンポの設定を厳密に行う必要があったので自分で目盛を記入し、さらに歌い出し歌い終わりの時間も秒単位で計測し楽譜に書き込み、それをストップウォッチで管理しながら演奏する事にしました。「アリア」もそうでしたが「何となく」の時間間隔で演奏すると、極端な長さの休止などの効果が平均化されてしまうのです。
声のパートは最大4種類の曲線で記譜されています。ライヴで演奏する実線以外の曲線のパートは事前に録音しておき演奏時に生演奏と重ねて再生することになります。この録音パートは省略可なのですが、せっかくなのでこのパートも演奏する事にしました。当然録音素材を自作しなくてはいけないので自宅でせっせと録音作業ということになります。見開きごとに声部数が1声部から4声部までに変化しますが、多声部の録音素材が必要な箇所はマルチトラックで録音しました。「龍安寺的」な枯れたサウンドが欲しかったので寝起き時にマイクに向かってぼそぼそと歌いながら録音しました。極めて繊細な微分音的な変化が求められるところもあり、その重なりをうまく出すためにはテイクを重ねる必要もありましたし、非常に静かな曲だけにちょっとした録音ノイズも気になりこの除去作業も大変でしたが、なかなか面白いものができたと自負しています。
演奏当日はこの録音をCD-Rに焼いたものを再生しながら、その録音に同期させながら演奏することになりますけど、CDの操作はミキサーのそばで別の方にやってもらったのでどのパートのどのあたりをやっているかはこちらからは把握が出来ません。ページのめくりの部分で任意の長さの休止(この間は打楽器だけが演奏を続ける)というやっかいなものもあったので、新しい見開きが始まる瞬間にペンライトでミキサー席からキューを出してもらい、こちらはそのキューを合図にストップウォッチをスタートさせる、という結構面倒なセッティングで演奏する事になりましたから、瞑想的な演奏結果にも関わらず、演奏中私自身の緊張感が途切れる事はありませんでした。
ケージの作品の不確定さは「適当に」演奏してしまう誘惑も孕んでいますが、ケージの無意図的な音楽性を生かすためには、一見曖昧に記譜されているように見えるスコアの細部まで忠実に解釈し演奏することによって無意識に出てくる「個人的な趣味」を徹底的に排除する必要があります。演奏のための下ごしらえがこのように非常に面倒臭いにもかかわらず、その結果が「退屈さ」すら許容してしまう枯れた音楽になってしまうところが皮肉でもあり、それがケージ的であるとも言えるでしょう。