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「ティアクライス」はケージのように演奏の不確定性を追及した作品というよりは演奏者が自分自身のための演奏用ヴァージョンを作ることによって、演奏者の演奏技術よりはむしろ創意を聴衆に披露する性格の作品という側面の方が強くなっています。
「ティアクライス」は黄道を回る12の星座(簡単に言えば星占いの星座です)のそれぞれに対して短いメロディーが作曲されていますが、作曲者はこれらのメロディーのそれぞれを3回か4回繰り返すように求めています。逆に言うと一度オリジナルの形で演奏すればあとの繰り返しでどのようにメロディーを変形させて演奏させるかは演奏者に全面的に委ねられています。楽器編成も全く自由ですが、私は2001年にキュルテンで演奏した声のソロのためのヴァージョンで演奏しました。今回の演奏の基本的なアイデアはその時のものと同じですが、シュトックハウゼンから受けた様々な提案などから、多くの箇所をさらに発展させ、結果的には全体の半分程に変更が加えられました。
2001年の演奏では私の歌声に加えて、1オクターヴの半音階を形成するリンをケルンの楽器店よりレンタルしましたが、今回の(そして今後の)演奏のために、同じ楽器店から購入しました。リンは仏具ですから日本では全く珍しいものではありませんが、西洋音楽を演奏するための楽器ではありませんから、これらを組み合わせて半音階を作るようにする、というのは非常に困難なので、このようにケルンの楽器店から取り寄せた訳です。
シュトックハウゼンは「祈り」などで半音階リンを使っていますが、こうした曲の演奏のために、来日した際にリンの工場へ赴き、音叉片手に膨大な数のリンの音程をチェックして半音階のセットを揃えたそうです(恐るべし!)。
このリンは、無伴奏の声で演奏する際に問題となるピッチを取るための補助楽器としての用途が第一なのですが、ただそれだけではつまらないので様々なリンの使い方を試みています(様々なリズムで叩く、何種類かのマレットを使うリンと声の多様な関係を試みる etc.)。
それぞれのメロディーのヴァリエーションを作成するに当たってもっとも気を遣ったのが音響の多様性です。声のソロという極めて限定された楽器編成ですが、「声」という音響の無尽蔵の可能性を秘めた「楽器」の特性を生かすのに絶好のチャンスでもある訳です。しかし、どんな興味深い効果を狙っても、それが何度も続くのは面白くありませんので、一度、一度のヴァリエーションがオリジナルなものになるように試行錯誤し、2001年のヴァージョンでそれがすでに完成していた訳ですが、シュトックハウゼンがさらなる発展を望んでいた所もありましたし、私自身がベストではないと思っていた所もありましたので、全体の半数近いヴァリエーションに手を入れたのは先に述べた通りです。今回の改訂のポイントとして、音楽の多様性をさらに追及した、ということとシュトックハウゼンに指摘されたテンポの変容です。テンポの変容という側面も結局は多様性の追及にほかならないのですが、「多様性」はシュトックハウゼン作品のもっとも重要な側面の一つです。音程の多様性、和声の多様性、音色の多様性、リズムやテンポの多様性、音場の多様性、これらを徹底的に追及するためにシュトックハウゼンはセリーやフォルメルといった様々な作曲技法を駆使しているといっても過言ではありません。
この「ティアクライス」は演奏者にかなりのことが任せられていますが、決められていない部分は何をしてもいいという考えでは、優れたヴァージョンを作り出すことが出来ません。
シュトックハウゼンの音楽の根底に流れるこうした側面を理解した上で、それをヴァージョンの作成に反映させるべきだと思うのです。
ここで、私が試みたメロディーの変容のアイデアを列挙してみます。
スキャット風、フレーズの終わりをフェルマータにして上下のグリッサンド、それぞれのフレーズの間の休符をフェルマータにし、波の音を思わせるノイズを挿入する、フレーズの一部を省略し休符または音符で埋める、フレーズの一部あるいはすべてを元のメロディーのリズムでしゃべったりささやいたりする、メロディーのリズムで特殊唱法による様々なノイズを演奏する、気息音でメロディーを奏する、歌詞に含まれる子音をノイズとして極端に強調する、様々な母音の組み合わせによるヴォカリーズ、テンポや音量の極端な変化、メロディーの主要音のみを演奏する、さまざまな装飾音の追加、オクターヴの変化、日本語訳を使用することによる独特の効果 etc.
これらの様々なアイデアをそれぞれの星座のキャラクター、全体的な配分のバランスなどを考慮し、できるだけ多様な効果を生み出すように努力しました。
そして2001年の演奏の時と同様に(諸事情で細部は変更しました)、それぞれの星座を特定のジェスチャーで表現することも行い12個のリンを円形に並べ円を描くように動きながら全曲を演奏することも行いました。
当日のリハーサルでもっとも苦労したのが音響のセッティングです。事前にホールの音響スタッフの方とメールで様々なやりとりを行っていたのですが、一般的なPAの概念とは異なるマイクの使用のコンセプトを理解してもらうのには非常に苦労しました。単に音を大きくするのではなくて、ある程度以上の大きさのホールでは伝わりにくい、微細な特殊唱法の効果を生音の補強程度に使うというコンセプトなのですが、逆に大きな音量で「歌う」部分になるとマイクによる増幅が逆に過剰になる場合もありますから、その辺の音量のバランスをとるのは非常に大変でした。あと、いわゆる「マイクっぽい」音にならないように音質を調整したり、マイクの選定に気を遣ったりする必要もありましたが、こちらはスタッフの方が非常に上質な機材を準備して下さり大いに助かりました。音響のチェックで時間をとったこともありこの作品だけで2時間のリハーサルを要しましたが、制約の多い環境を考えるとそこそこのセッティングができたのではないか、と思います。
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