KLANG:1時間目「昇天」(前編)
KLANG:1時間目「昇天」(中編)
この作品全体は24の小部分から構成され、それぞれの部分は固有のテンポと音色を持っています。24の小部分は24の異なるテンポを持っていますが、それは前述の24音のピッチのセリー(中編参照下さい)から導き出されます。ピッチのセリーを形成する2オクターヴの24の半音(c1 - h2)を、2オクターヴのテンポの半音階による24のテンポ(40-150)に対応させ、24のテンポのセリー(「テンポ・メロディー」とシュトックハウゼンは呼んでいます)を作り、これを作品全体のテンポの構成とした訳です。
このテンポのセリーの前半は以下の通りです(ピッチのセリーと比較してみて下さい)。
50.5 - 40 - 53.5 - 90 - 85 - 95 - 134 - 120 - 127 - 75 - 56.5 -71 - etc.
左手のテンポのセリーはこのセリーの順番をある簡単な方法で置換することにより生成しますが、そのセリーの前半は以下の通りになります。
45 - 75 - 107 - 80 - 120 - 101 - 134 - 142 - 95 - 113 - 85 - etc.
これを見てすぐ分かるとおり、ほとんどの場面で左手と右手のテンポが異なる事になります。ちなみにテンポの変わる場所もほとんどの場所でそれぞれずれています。
前述のリズム・ファミリー(中編参照下さい)とテンポのセリーは以下のような関わりを持っています。
例えば、(右手の)始めに現れるリズム・ファミリー2はテンポ50.5、40を持ちます。リズム・ファミリーはさらに12の小部分に分けられるのでその7つ目の部分からテンポ40になる仕組みになっています(ただしこの変化のポイントは状況によって柔軟に変わりますが、ともかく各リズム・ファミリーのほぼ中間地点で変わるということです)。2番目に現れるリズム・ファミリー12は同様にテンポ53.5、90を持ち、以下同様に続いていきます。
こうしたテンポやリズムのキャラクターの変化とピッチのセリーの増大及び減少過程は独立して行われ両者のタイミングは一致しないので、理論的な構造は比較的シンプルでもそれを耳で追っていくのは非常に困難となります。しかし、注意深く聴けばその構造を聴き取れるので、作品に馴染んでくるとどんどん旨味が増してくる楽しみがあります。
作品のピッチ構造、リズム(及びテンポ)構造は以上のような方法ですべて作曲されましたが、音量、音色の構成は非常にオルガン的な発想で計画されました。
この作品は24の部分に分かれ、それぞれの場面が(テンポのセリーに従って)固有のテンポを持つ事だけでなく、それぞれのテンポと音色(オルガン・ストップ)が対応するようになっています。音量はこの音色の特性によって副次的に決められる事になります(両手のテンポは基本的に異なっているので両手の音色、音量も同様に異なっている事になります)。
テンポが遅くなると複雑で倍音成分が多く、テンポが速くなると透明度の高くなるようにストップ(シンセ版であれば音色のプログラミング)を調節するように求められていますので、演奏者はあらかじめ上記の原則に従った「24の音色のスケール」を準備する必要がありますが、この段階で非常に困難な作業である事が予想されます。特にシンセサイザーに於いてはこのように24の音色を作ったとしても音域によって聴覚上のキャラクターが極端に異なってしまうため、ある1つのテンポに対応する音色を右手用、左手用それぞれ作り、しかもそれが聴覚上は同一の音色であるかのように調節する必要があります。従って実質的には少なくとも48の音色をプログラミングする必要がある、ということになります。
さらに、これらの両手の音色に、作品の構造に従って、特定の音程を音色の一要素として加えなくてはなりません。この切り替えはリズム・ファミリーの変わる12部分で行われ、それぞれの音程関係は以下の通りになります。
長10度下 - 長7度下 - 長9度下 - 短10度下 - 短9度下 - 完全5度下 -
長6度下 - 短6度下 - 完全4度下 - 短7度下 - 減5度下 - 完全8度下
この音程関係はピッチのセリー(中編参照下さい)から導き出されます。このセリーの冒頭のeと、続くc-f-d-cis-dis-a-g-gis-h-fis-aisとのそれぞれの音程(オクターヴ関係は適宜調節)が上記の音程になっている事が分かるかと思います。この方式で行くと最後の音程関係はeとdisによる短9度になるはずですが、すでにこの音程関係が現れていることと作品の最後という特別な場所であることを考慮して完全8度下が加えられる措置がとられています。
このように、音色に関しても綿密に計画したことが、たった2声の音楽でも非常に豊かな響きを持ち、音色の多彩さがそれ自体の効果だけでなく作品構造をクリアーに浮かび上がらせる事にも繋がっています。
こうしたシンセサイザーの複雑なプログラミングによって具体的にどのような音色になるのかを、ひとつひとつアントニオの実演で聴く事もできましたが、当然ながらそれは、演奏者と作曲者のコラボレーションが極めて重要であるということを再認識させました。
初演のオルガンによる演奏と比べて、2つのテンポを弾き分ける、という演奏技術の違いだけでなく、音色の構成がうまくいくかによって、作品に対する印象がいかに極端に変わってしまうか、というのを示す好例であったとも言えます。
コンポジション・セミナーの毎日の講義のあとには、恒例の質問タイムが設けられました。
ほとんどの質問は相変わらず下らないものでしたが、ある受講生からの、リズム・ファミリーの構成の仕方がメシアンの作曲法を思わせる、といった感想に対してのシュトックハウゼンの回答は興味深いものでした。以下、不正確な記憶に基づくシュトックハウゼンの回答の要約です。
「私は若き日にメシアンの門下生として勉強し、彼の作曲した『音価と強度のモード』などからリズムの新しいコンセプトを学び、インド音楽のリズムについても勉強した。メシアンのクラスでは沢山のモーツァルトの作品の分析を行ったが、モーツァルトはある種のリズムのカデンツを(おそらく無意識に)使っている事を発見した(この論文はTEXTE第2巻に収録されています)。和声構造、和声進行などが様々な研究者などによって多く分析、研究されているのに対して、リズム構造に対しては必ずしもそうではないし、多くの作曲者の間でも同様である。」
シュトックハウゼンが規則的なリズム・パターンの繰り返しを嫌うのは良く知られていますが、この回答の最後に突然テーブルを「タ、タ、タ、ターン」とかなり強く叩き(某有名作曲家の交響曲の冒頭のリズム)、「This is stupid!!」と発言したのは可笑しかったです。
別の受講生は「あなたは作曲においてどういうモデル(作曲方法の雛形、という意味だと思われます)を使っているか?」というどうしようもない質問をしたのですが、シュトックハウゼンは、「そのようなモデルは作品ごとに新しく作っていくべきものである」という至極もっともな回答をしました。回答自体は予想のつくものでしたが、シュトックハウゼンの口からそうした発言がされると非常に説得力があります。
同じような流れで、ジョン・ケージ、スティーヴ・ライヒ、ラ・モンテ・ヤングなど具体的な作曲家の名前を挙げてこれらの作曲家に対してどう思うか、という問いに対し、「例えばラ・モンテ・ヤングはダルムシュタットで教えた事がある。彼はオリジナルだ。オリジナルな音楽概念を打ち立てる人は素晴らしい作曲家だと思う。ただし、それは(質問で名前を挙げられた作曲家の)全員(あるいは全作品)ではないけど。」「ペンデレツキはそれほどオリジナルとは思わない。」などと答えましたが、20世紀後半からの前衛音楽界の中心を走り抜けたシュトックハウゼンは今や「生きる現代音楽史」であると言える訳で、(質問の価値の有無は別として)そのような質問をしてみたくなる気持ちも分かりますし、彼の口から、ラ・モンテ・ヤングとかメシアンといった名前を聞くことには、やはり私たちを興奮させるものがあります。
KLANG:2時間目「喜び」へ続く