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皆さんご存知のとおり、今年の夏、サントリー・ホールでシュトックハウゼンの《グルッペン》が演奏されました。

演奏困難なこの作品の生演奏を実現したサントリー音楽財団、N響など、関係者の皆さんの努力を讃えたい一方、今回の演奏の方法によって逆に、作品に対する誤解が生じてしまったように思うことが少なからずありますので、演奏会からかなり日がたっていますが、ここに記しておきたいと思います。

《グルッペン》は三群に分かれたオーケストラによる空間的な効果で有名ですが、そこばかりが強調されて、複雑なテンポ、リズム構造による音響の面白さまで踏み込んで聞かれないきらいがあります。しかし、今回はここにあえて踏み込まずに、《グルッペン》の空間性の側面のみに絞って説明したいと思います。

スコアの指定によると、三群のオーケストラは聴衆を取り囲むように、左、前方、右の3つのステージに配置されます。
ちなみに、左、右、というのはステージの左右ではなく、聴衆のまさに左右の位置を意味します。

そうすると、通常のコンサート・ホールでこれを実現するのは、かなり困難ですが、今年のサントリーホールでの企画は、客席をつぶして特設ステージを組み立てることで、この問題をクリアしました。

では、なぜ、通常のステージの上手、中央、下手の3箇所に配置するだけではいけないのでしょうか?(実際、作曲者の意図に反して、そのように演奏されてしまうことも少なくありません)
この方法では、三つのオーケストラが同時に異なるテンポで演奏するのが技術的に困難になる、という実際的な理由もありますが、シュトックハウゼンの考えた空間的な効果が、そこなわれてしまう、というのが最も大きな理由です。

シュトックハウゼンが考えたのは、ステージの中で左右に動く音響、つまり聴衆の前方での左右の音響移動(=ステレオ効果)ではなく、聴衆を取り囲むような形で左、前、右、と動く、より立体的な空間移動です。
この空間配置によって、三群の音響が明確に分離されますが、同一のステージに配置してしまうとその分離が不明瞭になり、効果が半減してしまいます。

3つの群が同時に演奏する場面は意外に少なく、テレビのチャンネルを切り替えるように、あるいはモグラたたきのモグラのように、音像が右、前、左、前、右...などというように瞬時に飛び回る効果によって、ほぼ全曲が構成されています。

そして、これを実現するには、聴衆の左右にもステージを設置することが絶対的に必要なのです。

今年のサントリーホールでの企画では、その難題を解決したかのように思われましたが、多くの聴衆は、P席、つまり、オーケストラに取り囲まれるのではなく、(作曲者の決して想定しなかった)俯瞰するような位置での音響が最善であったという感想を持っていたようです。

これはなぜでしょう?

結論から言うと、今回のセッティングには、まだまだ致命的な問題があったからです。

まず、左右に特設ステージを作る難題はクリアしたものの、通常のコンサートホールでそれをやったために、左右のオーケストラの距離がかなり近くなってしまいました。この時点で、3つのオーケストラを最適な音響バランスで聴くことは、もはや困難ですし、実は3つのオーケストラの配置(=音響)も、完全には分離されていないことになります。
これを解決するには、(実現は限りなく不可能ですが)サントリーホールの左右の壁をこわして、そこにステージを作る必要があったでしょう。

ここまでは、主催者が事前に公表していたイメージ図で容易に想像がついていましたが、私が実際に現場にいってさらに気がついたのが、ステージの(客席に対する)高さに関する問題です。

スコアには各ステージの高さは100cmと指定されていますが、今回、客席をつぶしてステージを作ったために、その高さは少なくとも150cmはあったように思います。この状態で客席に座るとオーケストラは完全に聴衆の頭上となるので、オーケストラに取り囲まれる状態で聴いた人は、オーケストラの音響を洞穴の中で聞いているような印象を持ち、作品の細部は聞き取れないことになりました。

したがって、今回のセッティングでは、作曲者の想定したベスト・ポジションで聴くと、あまり良い音響効果が得られず、作曲者が想定すらしなかった場所で聴くと、もっとも美しく聞こえる(しかし意図した空間移動の効果は全く再現されない)、という皮肉な結果に終わってしまった訳です。

P席で《グルッペン》を聴くことは、聴衆を取り囲むように配置されたスピーカーで、4チャンネルや8チャンネルの電子音楽を聴くときに、そのスピーカーの外側から聴くようなものです。俯瞰するような音響と、取り囲まれる音響の違いは決定的で、この空間性を犠牲にすることは、ピッチやリズムと同様の重要性を音響移動にも与えた、シュトックハウゼンのセリエルな思考を無視することに等しいのです。

そして、もう一つ誤解を与えてしまったのが、作品を2度演奏するにあたって、主催者がいろいろな席で聞くことを強く推奨したことです。
もちろん、異なる席で聞けば異なる音響体験が得られますが、シュトックハウゼンがねらったのは、そのような一種、不確定性ともつながる効果ではありません。

シュトックハウゼンが特にオーケストラ作品の上演で、同じ作品を2度演奏させる例は、《グルッペン》の他に《プンクテ》にも見られますが、この主な目的は以下の二つです。

ひとつは、ひとつの演奏会に対するオーケストラ奏者の負担を軽減させ、一曲にしぼることによってリハーサルを徹底的に行い、演奏の完成度を上げる(その推奨スケジュールもスコアに記載されています)、もうひとつは、複雑な音響の作品を2度聞かせることによって、聴衆が作品の細部まで聞き分ける機会を与える、というものです。

今回のように、どうぞ色々な席で聞いてください、と呼びかけることによって、多くの聴衆の興味が、作品の細部の構造をじっくりと聞き分けることではなく、座席による音響の違いだけを聴き比べることに向かってしまい、人によっては、それが、この作品の重要なコンセプトだ、と勘違いしてしまうことにもなってしまったのは残念でした。

シュトックハウゼンの近作、例えば《光》などが、まともに聴かれることもなく、つまらない作品だ、などと誤解されてしまうのは、仕方がないとしても、よりたちが悪いのが、《グルッペン》のような「古典」となってしまった作品でも、多くの誤解、無理解があり、そこが自覚すらされていない、ということです。

シュトックハウゼンというと、いまだに、枕詞のように「三羽烏」という言葉が空虚に飛び交い(50年前の恋人の噂をいまだにされているようなものです)、そこでのテーマであったセリエリズムの本質も完全に理解されないまま、「分かったふり」をされてしまうのが現状です。シェーンベルクの12音技法ですら、誤解、無理解がはびこっているくらいですから、シュトックハウゼンが正当に評価されるには、もっともっと時間が必要なのでしょう。
今まで素朴な佇まいだったシュトックハウゼンの墓石が、1997年に作成していた詳細なスケッチに従って、ついに完成しました。
下のリンクに写真もあります。
http://www.stockhausen.org/stockhausen_monument.html

初期ヴァージョンとは一転して、かなり大仰な感じ(笑)になっています。
もう明日で没後2年になるのですね。早いものです。
かなり前に作曲されながら未初演であったシュトックハウゼンの遺作《STRAHLEN 光線》(打楽器奏者と10トラックテープのために)が12月4日にカールスルーエでようやく初演されます。

この作品は《光の日曜日》の最終場面《HOCH-ZEITEN 至高=時(結婚)》の別ヴァージョンといえる作品で、合唱版とオケ版が2つの異なるホールで同時に演奏される原曲が、ヴィブラフォンと10トラックのテープに収められたヴィブラフォンの音源のためにアレンジされた作品です(ちなみに5台のシンセサイザーによる電子音楽版は《日曜日の別れ》となり、1台のシンセサイザー奏者とテープによる版は未初演の《ピアノ曲IXX》になります)。

全曲がグリッサンドだらけのこの作品をヴィブラフォンでどう演奏するのかが問題になりますが、少なくともテープに収められた部分は電子的なテクノロジーを駆使して、その神業を可能にしています(もちろん現時点では、私は詳細は分かりません)。

まだ未初演にもかかわらず、この作品の抜粋2箇所(各40秒)がシュトックハウゼンの公式ウェブサイトで視聴可能となっていますので、このヴィブラフォンのグリッサンドがどのようなものかどうぞお聞き下さい。

演奏を担当するのは、Laszlo Hudacsek、彼はキュルテンの講習会に何度か参加していましたが、5年くらい前に、この作品のリアリゼーションを試みているけれども、御大がその結果に納得してくれなくて困っている、というようなことをぼやいていたのを思い出しました。
初演にこぎつけるまで5年以上、キュルテンの講習会での受講生コンサートで《祈り》を演奏するために10年近くかかった受講生もいますし、シュトックハウゼン作品を良い状態で演奏するには長い時間と忍耐が必要なのだな、ということを改めて痛感しました。
シュトックハウゼンが晩年に薦めていた1日の24時間を24の作品で音楽化する連作《KLANG》が来年5月、ケルンで全曲演奏されることが決まったようです。

以下、シュトックハウゼンの公式ウェブサイトからの引用です。

KLANG FESTIVAL May 8th and 9th 2010 in Cologne
daily from 11 a.m to 11 p.m. in 7 different locations. 

First performance of the entire KLANG cycle (Hours 1 to 21) 
including the world premières of

8th Hour: GLÜCK (BLISS) for bassoon, English horn, oboe; 
11th Hour: TREUE (FIDELITY) for bass clarinet, basset-horn, E-flat clarinet; 
15th Hour: ORVONTON for baritone and electronic music; 
16th Hour: UVERSA for basset-horn and electronic music; 
17th Hour: NEBADON for horn and electronic music; 
18th Hour: JERUSEM for tenor and electronic music

Detailed information will follow soon.
今月パリで、シュトックハウゼンが生涯の最後に作曲した遺作《続・5つの星座》(=《ティアクライス》オーケストラ版の後半)が演奏されます。

以下の情報をご覧になるとお分かりかと思いますが、指揮を担当するのは盟友ブーレーズです。ブーレーズは《グルッペン》《プンクテ》の初演を担当するなど、シュトックハウゼン初期の作品はよく演奏していますが、60年代後半以降の作品は私の知る限りでは彼のレパートリーに入っていないはずですので、今回の選曲は画期的といえるでしょう。

その他の作品はシュトックハウゼンにしてもリゲティにしても、「古典」といえる名作で、プログラミングにものすごく捻りがある訳ではないのですが、シュトックハウゼンの最初期の「点の音楽」である《クロイツシュピール》と《コントラ=プンクテ》の星のような響きが、星座を音楽にした《ティアクライス》とつながるというのが心憎いところです。

今月は《クラング》の6時間目《美》と12時間目《目覚め》の初演が、1週間のスパンで行われるなどシュトックハウゼン絡みのイヴェントが充実しています。

Salle Pleyel
252, rue du Faubourg Saint-Honoré
75008 Paris
 
17 OCTOBRE


Métro : Ternes, Charles de Gaulle-Etoile

17 octobre 20h
17€ à 45€, Abonnement 13,60€ à 36€
Durée : 1h30 plus entracte
 

Karlheinz Stockhausen
Kreuzspiel
Kontra-Punkte
Fünf weitere Sternzeichen
, création française
György Ligeti 
Concerto de chambre
Aventures et Nouvelles Aventures


Claron McFadden, soprano
Hilary Summers, contralto
Georg Nigl, baryton
Ensemble intercontemporain
Pierre Boulez, direction 
 

http://www.festival-automne.com/fr/programme.php?programme_id=280

少し前に注文しておいた《テレムジーク》リマスター盤が届きました。
この音源の収められているのはシュトックハウゼン出版のCD全集(こちらは旧マスター)の方ではなく、レクチャーなどの音源を収めたText-CDのシリーズの第16巻です。

オリジナルの5チャンネルの音源は、技術的理由により現在は鑑賞に耐える音質ではないので、作曲当時作成したステレオ・ミックスが正規の唯一の音源となります。
CD全集の音源もこのミックスをもとにしていますし、今回のリマスターも同じアナログ・テープを使用しているので、劇的に何かが変わったということはありませんが、イコライジングは一聴してかなり手を加えているのが分かります。細かい相違点は、まだチェックしていませんが、全体に音像がすっきりした印象があります。

ちなみにこのリマスターは2007年11月18日に行われたとの記載がありますが、これはシュトックハウゼンの死のほぼ2週間前、この時期は《ティアクライス》オーケストラ版の作曲が進行中で、《モメンテ》のスコアが完成した時期でもあり、死の直前まで精力的に活動していたことが分かります。

さて、この音源、セールス・ポイントはリマスター音源を収録しているだけではありません。
メインの部分はシュトックハウゼンの肉声によるこの作品に関するレクチャー(ドイツ語)ですが、シュトックハウゼンが音素材で使った世界各地の民族音楽の録音が大量に収録されていることです。18種類の音源がそれぞれ数分ずつ収められています。

日本の雅楽、バリのガムランにはじまり、アフリカ、ヨーロッパ、ブラジルなどの音源が紹介されていますが、ヴェトナムの音楽が個人的には惹き付けられました。
この音源と《テレムジーク》の完成形を比べれば、どのようにシュトックハウゼンがこれらの音源を変容させていったか、つぶさに比較することができるでしょう。

ドイツ語を解さない方でも、この音源を聴くためだけに購入する価値があるといえるでしょう。

ちなみに、レクチャーの英訳はこちらで見ることができます。

11月の京都のシュトックハウゼン企画で演奏される《テレムジーク》はこの新マスターが使用される予定で、もちろんこのマスターによる日本初の演奏となります。
1日の24時間をテーマとする、シュトックハウゼン最晩年の24曲からなる連作「KLANG」は作曲者の突然の死により21時間目までしか作曲されなかったのは、このサイトをご覧になっている方はご存知かと思いますが、その最後に作曲された21時間目《PARADIES 楽園》のCDと楽譜が遂に発売されました。


14時間目から21時間目までの各作品は、24層のパルスの重なりによる電子音楽、13時間目《COSMIC PULSES宇宙の脈動》の3層ずつのパルスを抜き出したものに様々な独奏、独唱が加わる仕組みになっていますが、14時間目のバス独唱からだんだん音域が上がっていって、21時間目ではフルートに到達します。

昨年の生誕80年というタイミングもあり、KLANGの初演も着々と進んでいますが、この後半の一連の作品も気がつくと、かなりの部分が初演、CD化、楽譜の出版が行われています。以下はそのリストです。

14時間目HAVONA(バス独唱)CD92
19時間目URANTIA(ソプラノ独唱)CD97
20時間目EDENTIA(ソプラノ・サックス独奏)CD98
21時間目PARADIES(フルート独奏)CD99

それに対し、前半部分は4時間目まではCD化されているものの、5時間目以降は初演が終わっているのに、いまだCDが発売されていないものが複数あります。
これは、一枚のCDに5,6時間目、7,8時間目などと2曲ずつ収録する予定とのことですが、初演された曲目と、CDの収録の曲目がうまくマッチしないため、発売できないようです。

5時間目の《ハーモニー》は3ヴァージョンとも初演済み、6時間目の《美》も来月リスボンで初演予定ですから、年末あたりに、この組み合わせのCDが出るのでは、と期待しています。

今回は、PARADIESのスコアとCDを注文したついでに、Text-CDの第16巻も注文しました。
この本編は《テレムジーク》に関するシュトックハウゼン自信によるレクチャー(独語)の録音ですが、付録についている《テレムジーク》の音源は、2007年に作成された新しいマスターなのです。(本編のCD全集の方は在庫がはけるまでは古いマスターのままとのことです)

Text-CDには何げにこのようなお宝音源が眠っているので、こちらもしっかりチェックしておかなくてはなりません。
先日の湯浅譲二バースデーコンサートには満席のお客様にお越し頂き、大変ありがとうございます。客席からのものすごい熱気が感じられ、演奏する方にも気合いが入りました。

さて、アルバン・ベルク協会が毎年発行している『ベルク年報』第13号に私が執筆した文章が掲載されていますので、ご紹介します。

KLANG唯一の電子音楽作品《COSMIC PULSES 宇宙の脈動》についての作品紹介、アナリーゼなどについて書いた文章ですが、譜例や作曲者のスケッチを使ってできるだけ分かりやすく解説し、KLANG全体の概要の情報も掲載していますので、興味のある方は是非ともお読み下さい。

本号は、昨年のシュトックハウゼン生誕80年にちなみ、シュトックハウゼン小特集が組まれ、他にもシュトックハウゼンに関する文章が収められています。
私が直接かかわっているのが、昨秋、東大で行われたシンポジウム「シュトックハウゼン再考」の記録です。N響の機関誌『フィルハーモニー』に載っていたのはその抜粋でしたが、こちらにはその全体が収められています。

以上のものも含む、本号のシュトックハウゼン関連の記事を以下にまとめておきます。

・シンポジウム「シュトックハウゼン再考〜1周忌を前に」
    小鍛冶邦隆、佐々木敦、清水穣、松平敬、長木誠司

・一九七七年 東京で
 カールハインツ・シュトックハウゼン作曲ヤーレスラウフ(歴年)--リヒトより
 オリジナルヴァージョンの世界初演
    木戸敏郎

・パリのシュトックハウゼン 1952.1.16〜1953.3.27
    清水 穣

・シュトックハウゼンのピアノ曲について
    近藤伸子

・シュトックハウゼン《宇宙の脈動》について
    松平 敬

若きシュトックハウゼンのブーレーズらとの生々しい交流の記録をまとめた清水氏の文章も面白いのですが、LICHTのはじめに完成した雅楽のための作品JAHRESLAUFの作曲を委嘱した木戸氏の文章が、記録として非常に重要です。

作曲に際して、シュトックハウゼンが、雅楽の楽器の演奏音域内の全ての音を数秒ずつ録音して資料として送ってくれるように頼んだ話、一度は雅楽のために作曲する困難さのためにシュトックハウゼンが委嘱のキャンセルを打診したが、木戸氏が踏み留まらせたエピソード、初演時の聴衆の好意的な反応にもかかわらず、新聞などの批評文が悪意の感じられるほどの酷評だったため、肩身の狭い思いをした話(このことによって以後四半世紀の日本におけるシュトックハウゼン受容が停滞しました)など、当事者だからこそ語れる貴重な記録に満ちています。

軽くショッキングだったのが「音楽雑誌から依頼された原稿の中で少しでもリヒトを擁護することを書けば編集者から削除を要求されたりした」という下りです。一種の情報操作ともとれるような悪意を感じますが、私もかつてはそうした空気から作られたシュトックハウゼンに対する悪影響から逃れることはできませんでした。
そうした環境下で、たまたまCDで聴いた、このJAHRESLAUFに感銘を受け、ひょっとして巷で広まっているシュトックハウゼン批判はおかしいのではないか、と疑問をもった個人的な経緯もあるので、余計にこの木戸氏の文章は心に残るものになりました。

作品の時間構造などの詳細な解説も貴重です。

ご購入希望の方は、アルバン・ベルク協会、またはアカデミア・ミュージックまでお問い合わせ下さい。

ちなみに、私がとりあげた、《宇宙の脈動》の日本初演が決定しました。同じ演奏会で、3月にも演奏した《私は空を散歩する》の再演も行います。

同志社大学第36回外国文化週間コンサート

曲目:
シュトックハウゼン《テレムジーク》《私は空を散歩する》《宇宙の脈動》
2009年11月18日(水)18:00開演 京都府民ホールアルティ
出演:松平敬(バリトン)太田真紀(ソプラノ)有馬純寿(音響監督)

入場無料
今年の講習会のマスター・クラスでは、昨年に引き続き《私は空を散歩する》を勉強しました。今回のポイントは、この曲の初演者であり、以降シュトックハウゼン監修のもとで10年以上この作品を演奏したHelga Hamm-AlbrechtとKarl O. Barkey両氏(今年の講習会の特別講師として呼ばれていました)の集中的な指導を受けることができたことです。この両氏は他にも《シュティムング》の初演も行っていますし、Helga Hamm-Albrechtは大阪万博での演奏のために日本に長期滞在もしている、シュトックハウゼン演奏の老舗といえる演奏家です。

昨年指導を受けたNicholas Isherwood氏もこの曲に関してシュトックハウゼンの直接の指導を受けているのですが、この両氏に比べると、同曲に関しては演奏経験が極端に違うので、極めて重要な機会になりました。

《私は空を散歩する》は、12の部分のテンポ、ディナーミクを、作曲者によって提示された指定の中から組み合わせ、他にも任意の名前を呼んだり特殊唱法を考えたりと、演奏者に委ねられる部分が多いのですが、その辺りの解釈法がレッスンの重要なポイントになりました。
スコアの指示を文字通り読めば、ルールの範囲内で自由にやっても良いはずなのですが、この両氏の経験では、ルールに従っていてもシュトックハウゼンが気に入らない場合がある、とのことでした。ある特定のフレーズには、シュトックハウゼンの強く思い描いたイメージがあり、それを壊すようなテンポやディナーミクの選択を行ってはいけない、そして逆に、そのイメージを表現するためには若干の自由(つまりルールからの部分的な逸脱)が認められる、ということでした。

レッスンの中心は、こちらが用意したヴァージョンのそうした面での問題点を洗い出し、テンポやディナーミクの若干の変更を施して改善していく作業でした。スコアだけからは絶対にわからない、演劇的なジェスチャーなどについても、シュトックハウゼンがどのような動きを具体的に指示したか、ということに関してアドバイスをもらいました。

この曲は、シュトックハウゼンの全作品の中でもスピリチュアルな側面が特に重要となっていて、彼の描いたイメージを明確に表現することがいかに大切か、ということを何度も繰り返し説明されました。

もっとも、この曲に限らず、シュトックハウゼン作品でいろいろな選択可能性がある作品には、スコアの指示だけからは分からない、微妙な制約があることはよくあります。
おもに、実際に演奏を重ねていく上で生じた問題点を解決する上で、そうしたスコアにない変更が施されることもありますが、作品数があまりに多くて、楽譜の修正が追いつかない問題点もあります。

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《ピアノ曲XI》は当初の、19の断片の演奏順をリアルタイムで決める、というコンセプトが(正確に演奏することが困難なため)却下されて、事前に作成した自分用のヴァージョンを演奏するとか(しかしこれは出版されている楽譜には記載されていません)、《ルフラン》、《ストップ》、《ミクストゥール》に関しては不正確なリアリゼーションに辟易して、自ら、確定された楽譜による新しい版を出版したり、ということがあります。
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この二人もシュトックハウゼンとリハーサルしながら、少しずつヴァージョンを修正し、彼らの間での「ベスト」を何年もかけて作り上げていった、と話していました。
シュトックハウゼン演奏には、テンポやアーティキュレーションを楽譜どおり厳密に演奏しなくてはいけない一方、口伝的要素もかなりあります。この作品はそうした要素がかなり強いので、私たちの世代がそれをきちんと受け継いでいかなくてはならない、とも痛感しました。

この二人の演奏を録画した非公式のDVDも頂き(残念ながら発売予定はないそうです)、よりよい演奏に向けて、改めて精進したいと思います。


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講習会の閉会式のあとには、会場として使われた学校の屋上の別々の箇所にのぼった5人のトランペッターが、《木曜日の別れ》を閉会のファンファーレとして演奏しました。
この作品は5つの部分に分けられたミヒャエルのフォーミュラ(の核セリー)を、長い休止を挟みながら、自由なテンポで繰り返し演奏するものです。
夕空のもと、あちこちから聴こえるロングトーンが不意に重なりあう様子はとても神秘的でした。



・今回のお買い物(抄)

CD:
CD92 KLANG14時間目《HAVONA》
Text-CD21 《短波》の大阪万博でのプライベート録音を収録

DVD:
INORI(1998年ダルムシュタットでの演奏)
VORTRAG ÜBER HU(2003年キュルテンでの演奏)
ZEITMASZE(1992年フランクフルトでの作曲者指揮、アンサンブル・モデルンの演奏)
MICHAELION(1998年シュトゥットガルトでの世界初演、以前VHSで出ていたもの)

文献:
Hermann Conen: FORMEL-KOMPOSITION(2009年増補改訂版)
Rudolf Frius: STOCKHAUSEN - DIE WERKE 1950-1977
Karlheinz Stockhausen: TEXTE vol.7-10

スコア:
KONTAKTEリアリゼーション・スコア(Stockhausen-Verlagからの新版)
YLEM
MUSIK IM BAUCH
AMOUR(クラリネット版)
KLANG5時間目《HARMONIEN》(バス・クラリネット版)
KLANG14時間目《HAVONA》

その他:
オルゴール(《ティアクライス》の〈さそり座〉)

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シュトックハウゼンのお墓(新しいものに工事中です)
シュトックハウゼンの遺作《ティアクライス》オーケストラ版の、今年6月の大阪での日本初演の模様が来週日曜日NHK-FMで放送されます。

放送日 :2009年 8月 9日(日)
放送時間 :午後6:00~午後6:50(50分)

この演奏会のために、私が書いた解説文もあらためて紹介しておきます。


ついでに、《ティアクライス》のシュトックハウゼン自身による版の録音(CD番号はシュトックハウゼン出版のもの)も紹介しておきましょう。

クラリネットとピアノのための版(1981) CD32
   Suzanne Stephens(cl), Majella Stockhausen(pf)

トリオ・ヴァージョン(1983) CD35
   Suzanne Stephens(cl), Kathinka Pasveer(fl, picc), Markus Stockhausen(tp,pf)

テノールとシンセサイザーのための版(2003) CD77
   Hubert Mayer(ten), Antonio Pérez Abellán(synth)

あとの版になればなるほどアプローチが大胆になっています。

《ティアクライス》は自分でどのように演奏するか決めて、自分自身のヴァージョンを作りますが、まずはこれらのヴァージョンを聞いて、どのようにメロディーを演奏しているか研究することが、良いヴァージョンを作るために必須でしょう。
時として奇跡的な演奏が起こることもある本講習会の受講生コンサート、まちがいなくここ数年のベストが《祈り》の演奏でしょう。

近年はカティンカ・パスヴェーアとアラン・ルアフィの二人によって演じられることの多い本作品、今回は3人での演奏となりました。ロシア人とポーランド人の受講生、そして講師のアラン・ルアフィの3人です。

オーケストラの演奏と完全にリンクした様々な祈りのポーズのジェスチャーを演ずる本作品、初演時はアラン・ルアフィ一人で演じられていましたが、即興的な振り付けではなくきちんと「作曲」されていることを視覚的にはっきりさせるために、二人で演じられることがだんだん通例化していきました。

約20年前にはじめて3人のダンサーによってこの作品が演奏され、そのために特別な舞台装置が作られましたが、今回はその時以来初めての3人による演奏、巨大なその装置もその時以来初めて使用されることとなりました。

初演者のアラン・ルアフィは、初演のために3ヶ月前から小屋に籠って、毎日8時間をこえる超人的なリハーサルをこなし、以来30年以上この作品を演じ続けているベテラン(普段はあまりにもケッサクすぎるオジさんなのですが。。)、その彼の教えを受けた二人の受講生も、今回の演奏の「お許し」が出るまでに、一人は9年、もう一人は5年を費やしました。

何度か演奏の可能性があったものの直前で許可が下りず、苦い思いもした二人ですが(ロシア人の受講生はヴィザが降りずに講習会の参加自体を断念しなくてはならない年もありました)、ついに3人ヴァージョンという特別な形式で本番を迎えることができました。

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二人の生徒の動きには、ちょっとした仕草がものすごいパワーを感じさせる師アラン・ルアフィの境地に比べると、さすがに見劣りがする面も否めないものの、そうした欠点を補ってあまりある気迫が、演奏からありありと感じられました。

ここまでの感動は、何度も参加した本講習会の中でも一二を争うものでした。

もともと日本の銀行から委嘱されながらも、なぜか日本初演の実現していない、この作品、初演者アラン・ルアフィの体が自由に動く内に、日本での演奏を成し遂げて欲しいものです。
だそうです(ソース↓)
http://www.suntory.co.jp/culture/smf/summer/index.html

悩ましいのが、やはり自由席であること。

左右のオーケストラの幅が、作曲者の想定したものよりもかなり狭いので、オーケストラに囲まれる位置がベストかどうかは微妙ですが、当日は席取り合戦になること必至ですね。

上に紹介したサントリー音楽財団のページから、私も参加した昨秋の東大でのシンポジウムの様子を収録したN響機関誌「フィルハーモニー」の記事のリンクもあります。
今年も参加してきました。
ただし、スケジュールの都合で2週間以上にわたる講習会の後半のみでした。

前半にはKLANGの新作の演奏やPROZESSIONやZEITMASZEといった本講習会ではなかなか演奏されない作品の演奏もあったので、これらを聞けないのが残念でした。

私が参加した後半ではKLANG唯一の電子音楽、13時間目COSMIC PULSES(これは何度聴いても面白いです)やそこからの派生作品、14時間目HAVONA(バス独唱と電子音楽)、19時間目URANTIA(ソプラノ独唱と電子音楽)そして受講生コンサートでは20時間目EDENTIA(ソプラノ・サックスと電子音楽)も聴くことが出来ました。現時点ですでにこの3曲ともCDで聴くことができますが、やはり8チャンネルでぐるぐるとうごめく電子音を聴く方が圧倒的に面白いです。

後半は演奏者を一切必要としない電子音楽のコンサートが多く、一晩に出演する演奏者ゼロという日も多かったのが特徴です。作品はどれも面白いのですが、電子音楽ばかりが続くのも何だかなぁ、というのが正直な感想です。

ただし、儲け物だったのが、受講生コンサートの余った枠で上演された「ティアクライス」オーケストラ版の録音です。世界初演のリハと本番の録音から編集したステレオ録音ですが、4チャンネル使って再生することにより、天国から降り注ぐような音響を実現していました。

そうした中、生身の演奏者によるコンサートにはいくつかの圧倒的なハイライトがありました。

まずは、ピアノ・クラスの講師ベンヤミン・コブラーと打楽器クラスの講師スチュアート・ゲルバーによる《コンタクテ》が圧倒的でした。
この作品は受講生によるコンサートで演奏されることが多いのに(この二人も受講生であったときに、それぞれ別の年に演奏しています)、なぜか講師のコンサートでは滅多に演奏されず、今回は講師のコンサートとしてはほぼ10年ぶりの演奏となります。
今回サウンド・プロジェクションを担当したブライアン・ウォルフは、これまで、受講生コンサートでの音響操作をまかされることが多く、シュトックハウゼンのダメ出しが厳しすぎたせいか、「弱気」な仕上がりになることが少なくなかったのですが、今回は「強気」なアプローチで迫力も十分、かといって音色が粗雑になることも決してなく、生楽器と電子音の音色のつながりやバランスも入念にコントロールされた素晴らしい出来でした。
全く異なるふたりのキャラクターの対比も面白かったです。

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そして、《腹のなかの音楽》も約10年前に本講習会で演奏された演目、その時は受講生コンサートで演奏されましたが、同じアンサンブルが今回は、正式なコンサートの枠で出演しました。私にとっては実演初体験となるこの作品、音だけ聴いても、いまひとつその魅力が分かりずらかったのですが、実演に接して見方ががらっと変わりました。音楽的には《ティアクライス》から演奏者によって任意に選ばれた3つのメロディーがさまざまな金属打楽器によって演奏される(ただし極端に遅いテンポで、そして複数のメロディーが同時に)だけの極めてシンプルな構成ですが、それが巧みな舞台演出を伴うことによって俄然面白みを増します。

6人の打楽器奏者の機械仕掛けの人形のような動きは、マイムの専門家によってしっかりとトレーニングされ、それ自体だけですでに秀逸、その動きがもとのメロディーがかろうじて認識できるくらいの極端に遅いテンポで演奏され、そのオリジナルのメロディーが作品終盤でオルゴール(=自動演奏機械)によって「種明かし」される構想と連関している「しかけ」も巧みです。

ちなみに上の写真中央にぶらさがっているのが、鳥人間「ミロン」、3人の打楽器奏者がはじめは彼の体を棒で叩き(様々な鈴状の楽器が付いているので叩かれるたびに可愛らしい音をたてます)、最後にはハサミでお腹を引裂き、中からオルゴールを3つ取り出します。
この、現実離れしたメルヘンチックな展開はシュトックハウゼンの「子供」心を象徴しています。

この日だけなぜか、客席に小学生くらいの子供が沢山いましたが、おそらくシュトックハウゼン音楽財団から近くの子どもたちに招待状を出したのだと思います。
シュトックハウゼンの写真の入ったマグカップやTシャツ、自筆譜をあしらったマウスパッドにポストカードが買えるそうです。

こちら↓
Stockhausen Gift Catalog (.pdf)

発売元はシュトックハウゼン音楽財団ではなく、キュルテンの郵便局も入っている写真屋さんです。私もいくつか買って帰ろうと計画しています。
8月に東京で演奏されるシュトックハウゼンの《グルッペン》に関連して、ベルク協会の主催で以下のレクチャーが行われます。
(ベルク協会会員以外も入場可能だそうです)

題目 「シュトックハウゼン《グルッペン》の時間構造〜日本での再演を前に」
講師 清水穣(同志社大学教授)
期日 2009年7月19日(日)午後2時〜5時
会場 東京大学駒場キャンパス
 18号館1階メディアラボ2および18号館ホール
(井の頭線 駒場東大前下車 徒歩3分)
入場無料

「シュトックハウゼン音楽論集」の訳者でもある清水穣氏のレクチャーですので、内容の充実度は保証します。
残念ながら私はキュルテン滞在中につき欠席となります。
先日、いずみシンフォニエッタによって日本初演されたシュトックハウゼンの遺作《ティアクライス》オーケストラ版のプログラムノートを私が執筆したことは、すでにお知らせ済みですが、当日お越しになれなかった方のために、その時の原稿を以下に転載します。

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 20世紀後半を代表する作曲家、カールハインツ・シュトックハウゼンは、前衛音楽の旗手としてセリー音楽、電子音楽などの革新的な音楽概念を提示し続けた。その先鋭性とは裏腹に、一貫して神や宇宙との精神的つながりを意識し続けた彼の創作態度には、師のメシアンをはじめ、バッハやベートーヴェンらの伝統との連続性が感じられる。

 1974~75年に作曲された《ティアクライス(十二宮)》は、黄道十二宮をなす12の星座を、12のメロディーという「音のかたち」で表現した作品である。オルゴールで演奏されることを前提として作曲されたが、他のいかなる楽器、声の組み合わせでも演奏可能である。演奏時間約30秒の各メロディーはオルゴールさながら3~4回繰り返し演奏され、繰り返しの際、これらの旋律を様々な方法で提示することが演奏者に求められる。
 作曲者自身による版もいくつか作成されているが、本日演奏されるのは、最晩年に作曲されたオーケストラ版である。まず、2004年に〈乙女座〉から〈やぎ座〉までの5曲が作曲され《5つの星座》として初演された。2007年には〈水瓶座〉以降の残る7曲の作曲が進められていたが、同年12月、作曲者の突然の死により、5曲のみが遺された(この5曲は単独で《続・5つの星座》、10曲連続上演される時には《ティアクライス・オーケストラ版》というタイトルになる)。ちなみに、〈双子座〉はシュトックハウゼンが亡くなる前日の夜に完成された、まさに白鳥の歌だ。

 それぞれの星座のキャラクターの違いが、各メロディーの様々な属性と呼応するように作曲されているが、例えば、12のメロディーそれぞれの中心音は、上昇する半音階をなし、さらに各々が12の異なるテンポを持つように構想されている。そして、それぞれのメロディーは独自の12音の音高のセリーを骨格として作曲されている。この構造はあたかも、12の星からなる様々な形の星座が、円環状に12個並んでいるかのようだ。
 12音列と中心音の共存によって、これらのメロディーは調性でも無調でもない独特な響きを持ち、そこには「前衛作曲家シュトックハウゼン」の難解なイメージからかけ離れた親しみやすさが感じられる。

 2004年に書かれた部分は、オリジナルの構想に忠実に作曲され、オーケストラの扱いも一見保守的に感じられるが、メロディーの骨格音ごとに異なる楽器が点描的に重なり、かすかに音色を変化させるなど、旋律の構造を聞き取りやすくする工夫がみられる。5曲を通じて、すべての楽器が均等にメロディーを演奏できるように周到に計画され、1管編成という限定された音色のパレットから、楽器本来の持つ美しい音色の多彩な組み合わせを引き出すことがもくろまれている。一つの音響有機体として構成された、メロディーそのものの造形の面白さにも耳を傾けたい。

乙女座:フィボナッチ数列(≒黄金比)をリズム、和声構造に適用し、均整のとれた美をあらわす叙情的なメロディー。
天秤座:中心音のまわりを上下するメロディー・ラインは、天秤が揺れ動くようだ。
さそり座:サソリの動きを急速なグリッサンドと休符で表現する。
射手座:半人半馬のケンタウルスが天から駆け降り、また天に昇っていくようなリズミックな旋律。
やぎ座:全曲を貫く執拗な音程の繰り返しは、星の瞬きのようだ。


 2007年に書かれた後半5曲は、自ら定めた演奏指示から大きく逸脱する大胆なアプローチが特徴的であるが、あくまでも、それらのアイデアが星座のキャラクターに由来している所も重要である。
 ちなみに、前方に管楽器、後方に弦楽器を配する特殊な楽器配置もスコアに指定されている。
 
水瓶座:冬の寒さを表現したかのような神秘的な旋律が、リズムやテンポの「ずれ」を伴いつつ多層的に演奏される。
魚座:もともと2匹の小魚が並んで泳ぐかのような2声構造で作曲されているが、本版では異なる4つのテンポで同時に演奏されることにより、様々な大きさの8匹の魚が入り乱れるかのような8声の対位法へと拡大される。
おひつじ座:この星座の奔放な性格を表すかのように、オリジナルのメロディーの特定の部分の突然の極端な圧縮や拡大、短いフレーズの機械的な繰り返し、各フレーズの垂直的な重ね合わせによる入り組んだテクスチュアの形成、などの多彩なアイデアが目まぐるしく展開される。
おうし座:突如登場するソリストが奏でる重厚なサウンドは、まさに牡牛の様だ。名技的なソロ・パートだけでなく、管楽器群の極度に入り組んだテクスチュアも聴きどころ。
双子座:浮遊感のある軽やかなメロディーが、2つの楽器群で、フレーズごとに双子のように繰り返されながら演奏される。その背後に広がる弦楽器の静謐な持続和音の響きはシュトックハウゼンの死を予感させるようだ。

昨日は、いずみシンフォニエッタによって日本初演の行われたシュトックハウゼンの遺作《ティアクライス》オーケストラ版を聴きに大阪まで行ってきました。

いずみホールの最寄り駅を降りると、駅周辺に「チケット買います」という紙をもってたっている若い女性がたくさんいて、シュトックハウゼンもこんなにポピュラーになったのか!と思ったら、近くの大坂城ホールで行われていた東方神起のファンでした(汗

今回はこの作品のプログラム・ノートを書いていたこともあり、ほとんど日本では知られていないシュトックハウゼンの晩年の作品がどのように演奏され、どのように聴衆に受け入れられるのか、とても不安でしたが、結果から言えば、極上とは言えないまでも、良心的な演奏によって作品のよさが聴衆に伝わったように感じました。私の解説文も作品理解にそれなりに役立っていたとしたら光栄です。

それはともかく、この未知の作品を思いきって取り上げて下さったいずみシンフォニエッタの意欲に、まずは拍手を送りたいです。

解説文を書くにあたってスコアを入念に研究しましたし、作曲者遺族の監修による演奏2種(放送音源)も何度も聴いて作品の事は知り尽くしていたので、演奏の細部でうまくいった場所も、うまくいかなかった場所も手に取るように分かりましたが、少なくとも作品のフォルムはかなりクリアーに再現され、様々な演奏指示(楽器配置など)もほぼスコア通りに再現されていました。

チラシを見た時に前半5曲と後半5曲が、プログラムの冒頭と最後に分かれて演奏されるように書いてあったのですが、これはおかしいと思い、いずみシンフォニエッタのプログラム・アドヴァイザーでもある川島素晴氏にも相談しつつ、最終的に、作曲者が意図したとおりの10曲とおして演奏する曲順に変更してもらいました。
そしてやはり、つなげて演奏する事により、作品としてのまとまりが感じられたと思います。

ちなみにこの日はNHKの収録が入っていました。8月上旬にNHK-FMで放送予定だそうです。


以下は、基本的に素晴らしい演奏だったことを前提としての、私なりの「かなり」細かい感想を、備忘録替わりに記しておきます。

シュトックハウゼンの遺作の楽譜が2点出版されました。
KLANG7時間目《バランス》と《続・5つの星座》です。

表紙は以下のページの真ん中のあたり:
http://www.stockhausen.org/whats_new.html

《続・5つの星座》は《ティアクライス》オーケストラ版の後半にあたる作品ですが、最後に作曲された〈双子座〉はシュトックハウゼンの亡くなる日の前日の夜に完成されたのは以前もお知らせしたかと思います。

この作品が2004年に完成されていた《5つの星座》とともに、6月、大阪で日本初演されます。
私も駆けつける予定です。

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いずみシンフォニエッタ大阪第22回定期演奏会 
「星の彼方へ――追悼ドイツの2人の巨匠、シュトックハウゼンとカーゲル」

2009年6月13日(土)16:00開演 いずみホール
■出演者:
飯森範親(指揮)安藤史子(フルート)
いずみシンフォニエッタ大阪
■演奏曲目:
シュトックハウゼン:5つの星座〔2004/日本初演〕
カーゲル:ザ・協奏曲〔2002/日本初演〕
山根明季子:水玉コレクションⅣ〔委嘱新作/2009/世界初演〕
シュトックハウゼン:続5つの星座〔2007/日本初演〕

主催者サイト:http://www.izumihall.co.jp/sin_shusai/kouen_n.html
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話は変わって、シュトックハウゼンが亡くなる直前にようやく出版にこぎつけた《モメンテ》のスコアが、2009年度ドイツ音楽出版協会賞を受賞したとのことです。
シュトックハウゼン音楽財団からの報告と、シュトックハウゼン邸の庭(おそらく)に鎮座する巨大な《モメンテ》の写真はこちらをご覧下さい。

とにかくこの楽譜は巨大すぎて自宅での置き場所に困ります。
《グルッペン》や《カレ》の楽譜よりも《プンクテ》の楽譜はさらに巨大で、《モメンテ》の楽譜のサイズはその《プンクテ》の楽譜よりも一回り大きく(しかし横長)、厚さは《カレ》の4冊のスコアすべてを合わせた位です。

ようやく、先日の本番の疲れが取れてきました。

確定申告など雑務がまだまったく手に付いていないのですが、気分転換に、最近作ったシュトックハウゼン関係の資料をアップしました。

先日の《私は空を散歩する》のプログラム・ノートと、昨年の東大でのシュトックハウゼン企画の《シュピラール》のレクチャーのための自分用のレジュメです。

こちらよりどうぞ。

シュトックハウゼン出版からの新しい楽譜とCDが届きました。
どちらもKLANG13時間目「COSMIC PULSES」からの派生作品で、19時間目「URANTIA」(ソプラノと電子音楽のために)、20時間目「EDENTIA」(ソプラノ・サックスと電子音楽のために)です。
楽譜も同時に発売されているので、CDと合わせて購入しました。

どちらもキラキラした電子音にソロ奏者の演奏が重なる音楽ですが、カラオケのようなことになることは決してなく両者の一体感が楽しめますし、「COSMIC PULSES」の派生作品、といっても二番煎じになることもなく、両者の作品は似たようなコンセプトを持ちながらも、それぞれ独自のカラーを持っている所が興味深いです。
このシリーズあと6作品あります。残りの作品も早く聴いてみたいですね。

ちなみに「URANTIA」の方は、昨秋の世界初演時にBBCの放送で聞くことができましたが、ネットラジオのチープな音質だったので、当然ながら全く感銘度が違います。

楽譜は、ソロ・パートのみが記譜され、音数もそれほど多い訳ではないので(電子音部分で数え切れないくらいの音群が溢れています)、解説などをのぞく本体の楽譜部分は2〜3ページという慎ましいものですが、「KLANG」のアナリーゼをさんざんやっている私には、一目で作曲法の概要がわかるほど、シンプルな(でも円熟した)構造になっていることが分かりました。
最大の関心事は、あの複雑なポリリズムの電子音楽と生演奏をどうやって同期させるか、ということでした。

どちらの作品も24(+α)のセクションから構成され各セクションの内部のリズムはスペース・ノーテーション風に記譜されています。
セクションの頭を演奏者が耳で把握できるように、電子音にちょっとした細工をしています。
URANTIAの場合は、新しいセクションの直前に電子音楽全体が1秒ごとに、うわん、うわん、うわん、と3〜6回音量が変化し、それが一種のアインザッツとして機能します。
EDENTIAの場合は、セクションの頭の直前にカティンカによるセリフが電子音楽にミックスされているので、それをきっかけに同期できるという仕組みです。
「グリッサンド」や「トレモロ」などというセリフに反応して、サックスがその音形を演奏するのはユーモラスです。

シュトックハウゼン公式HP上の情報:http://www.stockhausen.org/whats_new.html


話は変わって、シュトックハウゼンの旧作の日本初演をやりますので、お知らせします。

■MoVE ヴォーカルアンサンブル演奏会■
2008年3月8日(日)14:00開演
東京オペラシティリサイタルホール
入場料:全席自由4,000円

出演:太田真紀(ソプラノ)、松平敬(バリトン)ほか

北爪やよひ《おとはのうたII》(世界初演)[+堂山淳史(ホルン)]
森田泰之進《でんでらどらごん》(世界初演)[+徳久ウィリアム(リズムヴォーカル)]
坪能克裕《デュオ オペラ NO.3 "I'm a …"》(世界初演)[+神田佳子(マリンバ)]
ロクリアン正岡《南無阿弥陀仏》(世界初演)[大貫浩史(テノール)、安田謙一郎(チェロ)]
シュトックハウゼン《私は空を散歩する》(日本初演)

演奏会チラシ(PDF)

今回演奏する《AM HIMMEL WANDRE ICH 私は空を散歩する》は1972年の作品でアメリカン・インディアンの詩や祈りの言葉などに曲をつけたものですが、45分の大作で、演劇的な要素を多分に含むため、すべてを暗譜して演奏しなくてはなりません。しかも、演奏する前に、自分の演奏用ヴァージョンを作らなくてはならないので、準備が非常に「面倒臭い」です(でも創造的ではあります)。

テンポと音量はそれぞれ12のパターンが作曲者により指定されていて、それぞれを12の各部分に割り振ります。「フォルテ」とか「ゆっくり」などといった単純なものだけでなく、「ppが基調だが時々ff」とか「テンポをすばやく変化させる」という指定もあり、この場合は、「どこで変化させるか」ということも決めなくてはなりません。さらにややこしいのが、楽譜本体にも若干の音量やテンポの指定がある場合があるので(当然そちらが優先)、その組み合わせの効果なども計算しつつ考える必要があります。

さらに、「N」と書かれた部分は任意の名前を呼ぶ、「U」と記された部分は任意の特殊唱法を奏する、という指定もあり、これも事前に決定して、「ネタ」がかぶらないようにしておく必要があります。

あと、それぞれの歌手が一つずつ「小話」を用意して、特定の部分で記譜された音符を挟みながらそれを話すことも要求されます。一人の歌手に要求されているのが「エロティックな話」、もう一人に要求されているのが「童話」です。しかもそれぞれの話の内容に、さらに細かい注文があるため、この話の内容を決めるのも一苦労でした。

その他、鳥の鳴き声を模しながら即興演奏するとか、単音の引き伸ばしを様々なアイデアで即興的に変容させるとか、指定された数音を自由に組み合わせて、そこに決まった歌詞を当てはめて演奏するとか、随所に即興や選択の求められる箇所があり、それが固まるまではリハーサルは難航を極めました(もっとも、まだ完成には遠いのですが。。。)。
意外に難物なのがリズム・パターンが記されずに、「不規則に」とだけ記されている部分です。人間は規則的な方向に流れてしまいやすいので、この不規則なリズムを罠に陥らずに演奏するのは至難の技です。不規則にやっているつもりでも、録音して聞くとうまくいっていなかったり、と試行錯誤の連続です。

かと思えば、発狂しそうになるほど同じフレーズを繰り返す部分があったり(8倍または1/8のテンポになるまで、アッチェレランドまたはリタルダンドしながら繰り返す、という極端なものもあります)、たった2人の歌手だけで、多彩なアイデアが詰め込まれた作品となっています。

その他、公募から選んだ新作も、ヴァラエティに飛んだ作品になっていますので、是非ともお越し下さい。
(私の方でも、こちらのフォームよりチケットお申し込み承っています)。

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■松平敬 1stアルバム
《MONO=POLI》


 マショーからケージまでの声楽アンサンブル作品を、多重録音によってすべて一人の声のみで演奏したアルバム。
 16声部のリゲティ《ルクス・エテルナ》も収録。

ENZO Recordings
EZCD-10006

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松平敬 - モノ=ポリ・ひとりの声のための交響曲

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