Electronic Musicの最近のブログ記事
「大人の科学」のふろくのminiテルミンが少し前に話題になっていましたが、いつのまにか、製品版としてグレードアップした「テルミンpremium」なるものが発売されていたのですね。
1万円を切る値段なので衝動買いしてしまいました。
外箱です。
マニアックな楽器臭をさせない家電っぽいデザインです。
外側の厚紙を引き抜くとこういう箱が出て来ます。
親しみやすい雰囲気(汗)
箱を横から見たところ。
miniテルミンと違って音量の調節もできます。
梱包されている本体です。
わくわくしますね。
電源は単4乾電池4本ですが、付属品ではなかったため近所のコンビニへ急いで買いにいきました。
そして、組み立てられた本体。
おまけに楽譜集もついています。
かえるのうた、グリーンスリーブスなどのメロディーの楽譜に、音を切るタイミング、ヴィブラートの書け方などが図形で示された初心者にもやさしい楽譜です。
お買い上げはこちらからどうぞ。
圧倒的な情報量がぎっしりとおさめられた「日本の電子音楽」の増補改訂版が出版されました。もともと百科事典なみに分厚かったこの本が、さらに500ページ増やして1100ページを超える超大作となっています。
資料としてもっとも貴重なのは、日本の電子音楽の黎明期で中心的な役割を担った諸井誠氏へのインタビューが追加されたことでしょう。平石博一、三輪眞弘、鈴木治行各氏のインタビュー追加も嬉しいです。
個人的に興味深かったのが、鈴木治行氏がはじめて聴きにいった現代音楽のコンサートが国立劇場でのシュトックハウゼン《シリウス》日本初演の演奏会だったということです。
鈴木氏とは何度かご一緒していますが、そのような話を聞いた事がなかったのでちょっとびっくりしました。
ちなみにこの《シリウス》が日本で演奏されたときは、一番キャッチーなARIESの部分がまだ未完成だったり、スピーカーの品質の問題で作曲者の意図したとおりの音響が実現できなかったりと、不完全な部分が多かったようなので、いつか完全な形で再演されてほしいと思います。
またまたYouTubeネタですが、テルミンを演奏する猫の動画を紹介します。
そしてテルミンは以前ここでも紹介した学研の「大人の科学」のふろくです。
我が家ではカラス撃退に使ってますが、猫はこのサウンドに親しみがあるようですね。
どことなく猫の鳴き声っぽいですし。
以前から「ふろく」が何かと気になっていた「大人の科学マガジン」ですが、最新号の「ふろく」がテルミンと知って慌てて買いに走りました。
池袋のリブロに立ち寄ったら「完売、次回入荷11月」ということで、こんなマニアックなものが飛ぶように売れてるのか、と軽く驚きつつ別の本屋を探してようやくゲットしました。
ハンダ付けの様な作業は不要でネジで止めたり部品を差し込むだけで作業は簡単に終了、乾電池をセットしてスイッチを入れると、「あの」音が鳴り響きテンションが軽く上がります。手のひらに乗る小さなサイズですけど、てのかざし方でピッチが変わり色々と遊んでみました。楽器本体に手で触るだけでピッチが変化するほど繊細な仕組みですが、なんちゃってメルツバウ風なノイジーな音響を生み出す裏技を発見したりもして、今後の演奏会でもちょっとした飛び道具として使えるかもしれません。
さらに少し作ってみました。
まずモーツァルトの一節。
こぶしを入れる練習もしてみました。
ちなみに大まかなピッチはMIDIでコントロールし細かい揺らぎはマウスで画面上の曲線の形を変える事によって行います。
従って「歌」と「語り」の入力上の違いはそれほどありません。
言葉のイントネーションをドレミにあてはめて細部をゆらがせているだけです。
サンプリングでもヴォコーダーでもなく、声の倍音構造をモデリングするシンセサイザーなので、新しい未知の「母音」や「子音」を作ってありえない言葉を発音させる事も可能です。
機械が歌っている、という感じはしますが、妙にリアルなニュアンスも兼ね備えているのでかなり気持ち悪くなります。
以下の音声ファイルは、とあるソフト・シンセで作ったものです。
まず自己紹介をしてもらいましょう。
彼は歌詞をつけて歌う事も出来ます。
言葉の発音、音程(微妙なゆらぎ、ヴィブラートも含みます)もプログラミング可能ですし、声色も調整出来ます。
本日は、とある合唱団を指導していたのですが、練習中にその施設からサイレン風電子音と共に突如館内放送が入り「火災報知器が反応し云々」とのこと。最後に「そのままお待ち下さい」とのことだったので、練習を再開すると、数分後にまた同じような館内放送。
また同じ内容かな、と思っていたら「火事です。速やかに避難して下さい。」というメッセージ。ひーっ、リアル火事かよ!と驚き、練習を中断、慌てて荷物をまとめて階段で出口まで避難しました。
階段で少し焦げたような臭いがしましたが、直接火を見ることもなく、それほど大きなものではなかったらしい事にほっとしましたが、部屋にも戻れない状況だったので結局練習はそこで終わりとなりました。
今まさにいる建物が火事という体験はしたことがないので、一瞬ひやりとしましたが、「火事宣言」になったときのサイレン風の電子音の音色のプログラミングが妙に恰好良く、且つ音高の変化、リズムの構成など緊迫感をあおる感じでなかなか良いな、と冷静に分析してしまうあたりに音楽家の性を感じてしまいました。
そして今も、火事といえばハイドンに「火事」という副題のついた交響曲があるけど聴いた事ないな、とかケージの「ソング・ブックス」には「山火事の録音を再生すること」という指示のある曲があったななどと、余計な連想がさらに連なってしまっています。
シュトックハウゼンが1966年に来日し、NHK電子音楽スタジオで「テレムジーク」を制作するために佐藤茂氏と組み上げた音色変調回路「GAGKUネットワーク」の回路図がCD「音の始原を求めて3」のブックレットにのっていたので、それを元にMax/MSPで同じ仕組みのパッチを作ってみました(上図、クリックすると拡大します)。
2つのリング変調器と3つのフィルターを組み合わせた簡単な回路ですけど、音色変調の効果は絶大です。
オリジナルの回路にはない音声ファイルの(逆回転も含めて)再生スピードを変化させる機能を加えてみましたが、これだけで「なんちゃって60年代電子音楽」の響きを作る事が出来ます。
当たり前ですが、設定次第で「テレムジーク」風の独特なトレモロ効果を出す事も出来ます。
(ビートルズが使っているのと同じギターでHelpのフレーズを弾いて、「同じ音だ!」と感動するレベルの話ではありますが。。。
リング変調を基調としていることもあり、特に金管楽器、ハープ、ピアノなどの音色の変調の効果は絶品です。
ファイル書き出しの機能をつけて、音高を変化させずに再生速度を変化させる機能をつければさらに可能性が広がりそうな気がします。
一度回収になったこのCD再び発売のようです。
ソース:http://blog.diskunion.net/user/Peso/Peso/4484.html
収録作品は以下の通りですが、当初収録されていた小杉武久「キャッチ・ウェイヴ」がMICHAEL RANTAの作品へと差し代わったようです。
1. ディヴェルティメント / 三保敬太郎
2. 東京1969 / 一柳慧
3. トランジェット / 三善晃
4. 閏月棹歌 / 柴田南雄
5. MICHAEL RANTAの作品
6. パノラミックソノール / 武田明倫
この「音の始原を求めて」のシリーズ、最近続々発売されている「日本の電子音楽」を揃えると、日本の電子音楽の代表作の多くを網羅する事が出来ます。
1- 音の始原を求めて
2- 音の始原を求めて2
3- 音の始原を求めて3
01- 日本の電子音楽1
02- 日本の電子音楽2
03- 日本の電子音楽3
04- 日本の電子音楽4
現在手に入る以上のアルバムの作品の収録作品を作曲家別に整理してみました。
黛敏郎:
・素数の比系列による正弦波の音楽 -1
・素数の比系列による変調波の音楽 -1
・鋸歯状波と矩形波によるインヴェンション -1
・マルチ・ピアノのための「カンパノロジー」 -2
・電子音響と声による「まんだら」-3
諸井誠:
・ピタゴラスの星 第1部「沈黙の輪」 -1
・ヴァリエテ -1
・小懺悔 -3
・赤い繭 -03
諸井誠、黛敏郎:七のヴァリエーション -1
湯浅譲二:
・ホワイト・ノイズのための「プロジェクション・エセンプラスティク」 -2
・ホワイト・ノイズのための「イコン」 -2
・ヴォイセズ・カミング -3
・葵の上 -01
・マイ・ブルー・スカイ第1番 -01
・人形劇「モマン・グランギニョレス」の音楽 -02
・舞踏劇「お椀」の音楽 -04
・舞踏「三つの世界」の音楽 -04
秋山邦晴:
・人形劇「脳味噌」の音楽 -02
・秘法19(テープパート) -03
柴田南雄:
・電子音のためのインプロヴィゼーション -2
・柴田南雄:ディスプレイ '70 -3
高橋悠治:フォノジェーヌ -2
松平頼暁:トランジェント '64 -2
篠原眞:ブロードキャスティング
武満徹や篠原眞の電子音楽作品は、まとめて収録されたものがありますから、その辺りも合わせればバッチリでしょう。
川崎弘二著によるこの本の638ページという分量にまず驚かされますが、内容もページ数に見合った濃厚なものです。巻末に収められた資料集は日本の電子音楽の作品リスト、音源リスト、文献リストの3本立てになっていて、これだけで200ページ弱、「主要」なものと慎ましく書いてありますが、ここにのってないものはないと事実上言ってもよいのではないでしょうか。
あまりの分量にまだまだ読み切れていませんが、第二章では19人に及ぶ関係者へのインタビュー、第三章での詳細な年代ごとの記録(1953〜75年の間に関しては毎年の状況が詳細にまとめられています)という堂々たる構成にはひれ伏すしかありません。
インタビューに登場する人は、湯浅譲二、上浪渡、佐藤茂、一柳彗、高橋悠治、小杉武久、水野修孝、松本俊夫、松平頼暁、篠原眞など錚々たるメンバーです。
柴田南雄、武満徹、黛敏郎、諸井誠あたりの大物が抜けている事を差し置いても、非常に貴重な資料になり得ると思います。
最近、どんどん日本の電子音楽の音源が発売されてきていますが、インタビューや年代記での記述をみるとまだまだ未知の作品が埋もれています。この書籍の出版をきっかけに、もっと音源が発掘される事を願いたいものです。
演奏家が楽譜を演奏して再現する事の出来ない電子音楽が生き残って行くためにはそれしか方法がないのですから。
個人的にはシュトックハウゼンが日本の電子音楽に与えた影響が気になるところですが、50年代の初期の電子音楽の作曲技法へ与えた影響(曲によってはシュトックハウゼンの作曲プロセスを雛形にした模倣的なものもあります)、1966年に来日した際のNHKの電子音楽スタジオでの「テレムジーク」「ソロ」の作曲、1970年の大阪万博での演奏に関しては、もちろんきちんと押さえられています。
知らなかった事としては、シュトックハウゼンのアシスタントもしていたこともある篠原眞が「ミクストゥール」のスコアの浄書をやっていたことが挙げられます。
その部分を引用すると、
「ミクストゥール」を二ヶ月かけて書きました。シュトックハウゼンがさっと速く書いてきた草稿を、A2の大スコアに見やすく美しく書くという事でした。
シュトックハウゼンはおそらく早起きして一、二ページを書きます。毎朝西ドイツ放送局電子音楽スタジオで会ってその草稿を受けとり、できればその日のうちに清書するわけです。とても骨の折れる仕事でした。
(引用終わり)
この辺のプロセスに、いかにもシュトックハウゼンらしいな、というのがにじみ出してきますけど、おそらく膨大なダメ出しを受けながらの大変な作業だったと推測します。
こうした浄書の仕事は今やアントニオがMacを使ってやっている訳ですが、制作手法は変わっても職人魂は同じなんだと思います。
サムライに扮した近藤等則がトランペットと刀を持っているジャケが冗談か本気か分かりませんが、このジャケの通りのサムライ・ジャズといった趣の内容になっています。
全編エレクトロニック・トランペットの無伴奏ソロ演奏のみで構成されていますが、虚無の空間に切り込んでいくような緊張感に満ちたフレーズの間の取り方は「和」の世界です。その音楽は、宛ら竹薮の中で孤独に尺八を吹いているかのようで、ノイズ的な奏法も多用していますが、これも多分に尺八的といえます。
ディレイを駆使する事によって、オーヴァーダブなしにポリフォニックな楽想も可能にしていますが、絶妙なバランス感覚で「間」が埋もれないように、うまく計算されています。
ジャズ(=即興演奏)と武士道の意外な近親性を強く感じさせる名作と言えると思いますが、そうした近親性を考えると、フリー・ジャズやジャンルを超えた即興演奏のシーンで何人かの日本人アーティストが海外からも高い評価を受けているのも納得できます。
高橋悠治の旧譜が大量に再発されましたが、その中からバッハを電子楽器で演奏したものを紹介します。
一つ目は「クラヴィーア協奏曲集」。基本的にスタインウェイで弾いていますが、2つの協奏曲の第2楽章では電子ピアノ(フェンダーローズ)に換えての演奏となってます。不思議な事に、前後のアコースティック・ピアノで弾いている楽章と繋げて聴いてもほとんど違和感がありません。
二つ目は「ゴルトベルク変奏曲」。本編の方はアコースティック・ピアノですが、付録として収められた「14のカノンBWV1087」ではローランドのシンセサイザーによる演奏で、非人間的且つ暖かみをもったプログラミングが秀逸です。ほとんどが20秒〜40秒のごく短いカノンばかりですが、思わず繰り返し聴いてしまいます。
極め付けは「フーガの技法」をシンセサイザー(ムーグ、EMS)で演奏した「フーガの[電子]技法」です。これは、ふざけているのかと思いたくなるほどに、バッハの原曲を徹底的に解体してしまっています。極端なトレモロやヴィブラートをつけたり、オリジナルのピッチがほとんど分からないくらいの強烈なモジュレーションをかけたりと、いかにも「電子音」的なプログラミングを施している時点で原曲のフォルムがかなり崩れているのに、テンポはヨレヨレ(各声部の縦のラインが揃っていないところも数多くありますが、クリックトラックなどを使わずに多重録音を行ったのでしょう)、和声の整合性などお構いなしに一部の声部にディレイを掛ける事によってハーモニーもポリフォニーも極度に混濁している部分もあります。同じ声部でも曲の途中で音色がどんどん変化していくように構成していますが、何らかの統一的な規則性がある様子はなく、気まぐれに音色を変化させているように聞こえます。
バッハの意図したポリフォニーは無残なまでに破壊されていますが、上記の様々な音響操作によって、様々な音色の電子音によるポリフォニーが、バッハのフーガに寄生して奏でられる高橋悠治のオリジナル作品だと思って聴くのが正解ではないでしょうか。
バッハと電子音の相性は非常に良いですが、彼の音楽の持つ抽象性がそのような特性を持たせているのでしょう。
電子音との相性が良いクラシック音楽の作曲家でぱっと思いつくのはバッハ以外に後期ヴェーベルンくらいかな?などと思案していると、ルネサンス及びそれ以前のポリフォニー音楽はかなりの割合でOKではないか、ということに気付きました。
そういえば、大昔、マショーの「ノートルダム・ミサ曲」をMIDIに打ち込んで、2xリコーダー、2xフィードルという音色の設定にするとなかなか優雅かつ作品の隠れた魅力を再発見する結果になったことを思い出しました。
ヴァーグナーの音楽から壮大さを取り去ると何が残るかを試してみた2種類の異色アルバムを紹介します。
一つ目はグレン・グールドによるヴァーグナーの作品集「Gould Conducts and Plays Wagner」。
生涯で唯一の指揮者としての演奏となる「ジークフリート牧歌」の異常に遅いテンポの演奏も面白いですが(同曲のピアノ編曲版も併録)、グールド自身がピアノ独奏用に編曲した「マイスタージンガー」や「神々の黄昏」からの抜粋の演奏が彼らしい独特な仕上がりになっています。大オーケストラの重厚で濃厚な色彩が、ピアノの乾いたモノクロームな響きへ置換される事により、ヴァーグナーの音楽のポリフォニックな側面が浮き彫りになってきます。特に「マイスタージンガー」の前奏曲はバッハがあと100年長生きしていたらこのような曲を書いたのでは、と思わせるほどの非ロマン的且つ疑似バロック的な解釈で演奏され、多重録音も駆使して複雑な対位法を活き活きと描いています。
「神々の黄昏」もピアノをオーケストラのように鳴らす事には全く興味がないようで、半音階的な和声やモチーフ、テクスチュアの不断の変容のみに焦点を当てたストイックな解釈は、ヴァーグナーの音楽から壮大さを取り除いても彼の音楽の素晴らしさには全く影響がない、つまりヴァーグナーの音楽は「初めに壮大さありき」ではないという事を強く示しています。
非ロマン的な演奏ではありますが、無味乾燥に陥ることなく、内なるエクスタシーに満ちた演奏になっているところも興味深いです。
もう一つの異色ヴァーグナー・アルバムはCurd Ducaによる、その名も「switched on wagner」というアルバムです。ヴァーグナーの曲をシンセで、というのは一見ありがちな企画のように思われるかもしれませんが、このアルバムでは重厚なシンセのハーモニーでヴァーグナーの壮大な作品を、という期待を完全に裏切ってくれます。
副題が「minimalistic mood music」とありますが、携帯電話の着信音にもできそうな「かるーい」「うすーい」ヴァーグナーに仕上がっています。鍵盤ハーモニカのような音色にプログラミングされたムーグ・シンセサイザーで「ヴァルキューレの騎行」を単音(!)で超絶的に演奏したり、口笛風の音色によるこれまた超絶的な単音演奏による「タンホイザー」、ディレイを効かせたエレクトロニック・ベースの音色の「ローエングリン」の「婚礼の合唱」(これも単音)など、微笑ましいトラックが続きます。
その他「マイスタージンガー」「ジークフリート」「パルジファル」なども収録されていますが、全11曲収録で総演奏時間36分という非ヴァーグナー的な短さも「ミニマル・ヴァーグナー」の面目躍如です。
タイトルの通りエヴァン・パーカーが鳥と共演したアルバムです。「鳥」といっても鳥の鳴き声を中心としたフィールド録音で曲によっては様々なエフェクトがかけられています。録音されたものとは言え、鳥の鳴き声と「交信」するかのようなエヴァン・パーカーのサクソフォンの響きは神秘的です。メシアンの鳥へのこだわりを考えるまでもなく、鳥の鳴き声、存在そのものには神々しさすら感じられます。
このアルバムは最近亡くなったフリー・ジャズ界の仙人スティーヴ・レイシーに捧げられていますが、ここでのエヴァン・パーカーの演奏はスティーヴ・レイシーのプレイを思わせるような断片的なメロディーを中心に構成されていて、得意技の循環呼吸によるピロピロしたフレーズは抑制されています。そして、エヴァン・パーカーが鳥の鳴き声を介して天上のスティーヴ・レイシーとセッションしているようにも感じられる、緊張感に満ちたフリー・ジャズの世界とは全く反対の安らぎに満ちた音楽へと仕上がっています。
ほとんど加工されていない鳥の鳴き声の録音と共演したトラックでは、鳥の声とソプラノ・サックスの響きが一瞬区別が着かなくなりそうなほどに溶け合う瞬間も少なくないですが、チャーリー・パーカーが「バード」という愛称で呼ばれたように、サックスの音色と鳥の鳴き声にはそもそも近親性があるのではないでしょうか?
そう考えると、スティーヴ・レイシーもエリック・ドルフィーもオーネット・コールマンも鳥っぽい感じがします。
逆に、コルトレーンは決して鳥っぽくは聞こえませんが。。
ちなみにジャケットの画像からはわかりにくいですが、動物が立体的に飛び出たりと、凝ったアートワークになっています。
Evan Parker - Soprano & Tenor Saxophones
John Coxon & Ashley Wales - Soundscapes
高橋悠治の電子音楽作品ばかりによるアルバムが最近発売されました。一曲だけ1963年作曲のものすごく古い作品がありますが、あとは1989年以降の作品、全8曲中6曲が2005年作曲という最新作を中心としたものばかりです。
高橋悠治の呟き声を使った「それとライラックを日向に」はちょっと冗長な感じがしましたが、あとの作品は中途半端に薄い密度で配置された具体音や電子音がとても心地よい作品ばかりで、かなり気に入りました。音素材を縦に重ねることはあまりなくて、ひたすら横に連ねて行く、初期のミュージック・コンクレートで良く使われたような技法的には「古臭い」ともいえる作り方をしていますが、無関係な音のコラージュ風な感じにはならず、本来無関係な音素材が奇妙な統一感をもって聞こえるように絶妙に配置されていています。新しい、とか、古い、とかいった時代性から全く遊離した雰囲気も面白いです。
電子音楽好きな人なら涙を流して喜ぶであろうミュージック・コンクレートに始まるフランス電子音楽の数々を収めた5枚組ボックスです。リュック・フェラーリ、ピエール・シェフェールなどのその筋ではおなじみの名前に混じって、ブーレーズのミュージック・コンクレートの文字通りの習作、Étude 1, Étude 2 や、メシアンがピエール・アンリと協力して作り上げたミュージックコンクレート Timbres-Durées など音楽史的に重要にも関わらず聴く事が困難だったものも惜しげもなく収録されています。ミヨーのテープ作品(作品としての完成度は???ですけど)など、意表をつく作品まで収録されているところもポイントです。
CD 1 - Les Visiteurs de la Musique Concrète
André Hodeir - Jazz et Jazz [1951] (3:21)
Pierre Boulez - Étude 1 [1951] (2:43)
Pierre Boulez - Étude 2 [1951] (3:00)
Jean Barraqué - Étude [1951-54] (5:40)
Darius Milhaud - La Rivière Endormie [1954] (8:19)
Roman Haubenstock-Ramati - L'Amen de Verre [1957] (5:17)
Henri Sauguet - Aspect Sentimental [1957] (7:57)
Edgar Varèse - Désert: Interpolation 1 [1954] (3:20)
André Boucourechliev - Texte 2 [1959] (4:40)
Claude Ballif - Points-Mouvements [1962] (10:19)
Iannis Xenakis - Concret PH [1958] (2:50)
Olivier Messiaen - Timbres Durées [1952] (15:08)
小学館から「武満徹全集」と銘打ったCD58枚組からなる巨大なセットが発売されている事はご存知の方も多いかと思いますが、この最終巻に当たる第5巻はとりわけ興味深い内容となっています。
いわゆる「シリアス」なスタイルのオーケストラ曲や室内楽曲以外に映画音楽などのポピュラーな分野での活躍は良く知られていますが、その他のポピュラー音楽の分野での活動もかなりあってこの巻ではそうした方面の仕事やミュージック・コンクレート作品などの極めてレアな作品が14枚のCDにまとめられています。具体的には、ポピュラー・ソング、舞台、ラジオ、TV、ドキュメンタリーのための作品、放送用バック音楽、補遺というテーマで分類されそれぞれが作曲年順に並べられています。
初期の劇団四季のためにかなりの作曲をしていることにびっくりしますけど、バリバリの武満サウンドだったりしてもっとびっくりします。様々なTV番組や舞台などのために作曲したものはジャズのハーモニーやモリコーネ流の耽美的で洗練された響きが印象的ですけど、やっぱりタケミツ・サウンドでにんまりしてしまいます。
「翼」や「島へ」などポピュラー・ソングとして知られている曲のサントラとしての楽器で演奏されたヴァージョンもとても興味深いです。「翼」のメロディーがジャズ・ピアノやストリングスなど様々に形を変えて出てきますけど、あまりの美しさに「胸キュン」状態(笑)になってしまいます。
いわゆるサントラものなので断片的な曲が多いのですけど、逆にそれが彼のメロディーやハーモニーの嗜好を浮かび上がらせる形になってとても興味深いのです。
そして一番目を引くのがCD2枚分にわたるテープ音楽の部分でしょう。彼の初期に制作したミュージック・コンクレートが全曲収録されていますが、これは電子音楽ファンには涙ものでしょう。







