芸術新潮2006年05月号に「はじめての武満徹」という特集記事があります。武満初心者のための簡単なCDガイド程度のものかと思っていましたが、中身はなかなか充実しています。若き日の貴重な写真、様々な自筆譜のカラー写真、「コロナ」などの図形楽譜、武満が愛用していたギターやピアノ、そしてけん玉の写真など、眺めているだけでも非常に楽しい資料が満載です。武満が音楽を手がけた映画のポスターなども沢山のっていますし、武満が書き綴った料理のレシピのメモなども楽しいです。個人的に気に入ったのが和田誠氏による、「小さな空」などのソング4曲の絵本風にまとめられた楽譜です。小沼純一氏による「武満徹を聴く一週間」というCDガイド的なものもありますが、全くの武満初心者がここで紹介されているCD、DVDを聴こうとすると、かなりお腹いっぱいかな、という分量に思わず苦笑してしまいます。しかし、実際にはその何倍もの莫大な音源があるわけで、小沼氏も相当苦労してこれだけに絞ったのかな、と思います。
武満徹の最近のブログ記事
小学館から「武満徹全集」と銘打ったCD58枚組からなる巨大なセットが発売されている事はご存知の方も多いかと思いますが、この最終巻に当たる第5巻はとりわけ興味深い内容となっています。
いわゆる「シリアス」なスタイルのオーケストラ曲や室内楽曲以外に映画音楽などのポピュラーな分野での活躍は良く知られていますが、その他のポピュラー音楽の分野での活動もかなりあってこの巻ではそうした方面の仕事やミュージック・コンクレート作品などの極めてレアな作品が14枚のCDにまとめられています。具体的には、ポピュラー・ソング、舞台、ラジオ、TV、ドキュメンタリーのための作品、放送用バック音楽、補遺というテーマで分類されそれぞれが作曲年順に並べられています。
初期の劇団四季のためにかなりの作曲をしていることにびっくりしますけど、バリバリの武満サウンドだったりしてもっとびっくりします。様々なTV番組や舞台などのために作曲したものはジャズのハーモニーやモリコーネ流の耽美的で洗練された響きが印象的ですけど、やっぱりタケミツ・サウンドでにんまりしてしまいます。
「翼」や「島へ」などポピュラー・ソングとして知られている曲のサントラとしての楽器で演奏されたヴァージョンもとても興味深いです。「翼」のメロディーがジャズ・ピアノやストリングスなど様々に形を変えて出てきますけど、あまりの美しさに「胸キュン」状態(笑)になってしまいます。
いわゆるサントラものなので断片的な曲が多いのですけど、逆にそれが彼のメロディーやハーモニーの嗜好を浮かび上がらせる形になってとても興味深いのです。
そして一番目を引くのがCD2枚分にわたるテープ音楽の部分でしょう。彼の初期に制作したミュージック・コンクレートが全曲収録されていますが、これは電子音楽ファンには涙ものでしょう。
武満徹は我が日本が誇る世界的作曲家であるが、つい数日前この大作曲家による愛すべきソング集の楽譜が日本ショット社より出版された。
驚きなのはこの楽譜のアートワークを大竹伸朗が手掛けていることである。武満は生前より大竹の作品を高く評価していたので全く考えられない組み合わせという訳ではないのだが、こういった形でのコラボレーションが行われるとは私には全く予想ができなかった。
ショット社の楽譜というと黄色い紙のシンプルなデザインの表紙というイメージがあるが、この楽譜はそういったイメージから全くかけ離れた、大竹による、鉛筆で数字を書き込んだ大学ノートを細かくちぎってコラージュしたハードカバーの表紙であり、ショット社のこの楽譜に掛ける意気込みが窺える。
表紙を開くと、大竹の絵画作品と武満のソングの楽譜が一つずつ交互に収められているので、武満作品の楽譜としても、大竹の画集としても楽しめるようになっている。
さて、この武満の手による「ソング」についてであるが、これらの作品はけっして「歌曲」ではない。また彼は「歌曲」と分類される作品を私の知る限りにおいて全く作曲していない。
このソング集にふくまれるいくつかの作品は武満自身によって混声合唱のために編曲され、その楽譜が同じショット社から彼の生前に出版されているが、こちらのタイトルは「混声合唱のためのうた」となっている。一部でこの合唱用の編曲がオリジナルであるかのように誤解されているが、実際には様々な機会に映画やラジオ・ドラマなどのために作曲された。
このソング集の興味深い点として、それぞれのソングが作曲年代順に並んでいることが挙げられる。
以下にこの楽譜に収録されているソングを作曲順に示してみよう。
| およその 作曲年代 |
曲名 |
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(フランス語) |
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(スペイン語) |
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(ドイツ語) |
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これを見るとソングの作曲が彼の作曲人生の全期間に渡っていることが分かる。先程触れた混声合唱のための編曲のほとんどが1980年の前後に初演されていたり、1995年に彼のソングをポップス系のアレンジャーに編曲させて石川セリに歌わせたCDを発表したりということを考えると、武満がこれらのソングに非常に愛着を持っていたことが良く分かる。
これらのソングが決して「歌曲」ではないと述べた通り、これらのソングはどれもジャズのスタイルに日本の古い流行歌の情念をブレンドさせたような作風で、非常に親しみやすいにも関わらず「武満ポップス」と名前を付けたくなるような独特の雰囲気を持っている。
これらの作品が映画やラジオのために作曲され演奏されたという事情のため、武満自身によるオリジナルの伴奏譜が基本的に存在していない。(例外は「うたうだけ」と「燃える秋」で、この2作品には武満自身によるピアノ伴奏譜がある。ただし「うたうだけ」ではコードしか示されていない部分も多少ある)
従って、このソング集の各曲の楽譜にはヘニング・ブラウエル編曲によるピアノ伴奏譜と、ギター伴奏などで演奏するためのコードがオリジナルのメロディーに付け加えられた形で印刷され、演奏上の便宜をはかっている。ブラウエルのことについては私は全く知らないが、彼の編曲はこれらのソングが持つジャジーな雰囲気をうまく生かした編曲でなかなか好感が持てる。(もちろんこれは編曲の一例であり、ピアノ声部まで厳密に作曲された「歌曲」作品のように必ずこの譜面の通り演奏しなければならないことはないし、むしろこの譜面から離れてそれぞれの感性で演奏すべきであろう)
武満のジャズ好きというのはかなり有名で、彼自身、「生まれ変わったらジャズ・ミュージシャンになりたい」「作曲をデューク・エリントンに習いたかった」などと発言しているようであるが、これらのソングにはそうした彼のジャズに対する偏愛がひしひしと感じられ、飾らない武満の素顔が垣間見えてくるようである。
これらの愛すべき小品が生前に出版されなかったのは、それが「楽譜」という目に見えるものとなることによって、「歌曲」として「格調高く」歌われるのを嫌い、単なる「うた」として世の中の人々に口ずさんで欲しいという武満の意志があったのではないかと、私は推測する。既に出版されている合唱用の編曲もジャズのスウィング感とハーモニーを持った粋なアレンジであり、プロ、アマチュアを問わず様々な合唱団で歌われているが、実際の演奏でこうした要素をうまく表現できているものは個人的にはあまり多くないと思う。
私は武満のソングのいくつかを、今回の楽譜が出版される前から自分で編曲して演奏しているが、これらのソングの普段着感覚を損なわないことに重点を置いて来た。この方向性が間違っていないことが、今回のソング集の出版でさらに確信できたと思う。武満自身による2曲のピアノ伴奏の書法は、ジャズのスタンダードとなっているガーシュインなどのソングのそれと同じであり、ブラウエルの編曲もその方向性を踏襲していて、それが武満のソング集として正式に出版されたからだ。
そして、そこに大竹のアヴァンギャルドでありながらもポップで突き抜けた感覚の絵画作品が挿入されることによってこれらのソングのポップ性も際立ってくるのだが、それに加えて大竹、武満の両者の作品に見られる、楽しい、悲しいなどといった単純な言葉では全く表現できない、心の最も内層のねじ曲がった叫びのようなものも同時に立ち表れてくるようで、このソング集は単なる楽譜というフォーマットを超えた新しい種類の印刷物であると言えよう。
この企画は生前の武満のアイデアなのかどうか分からないが、いずれにせよ天国の武満はこのソング集の出版を喜んでいることだろうと確信している。


