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大竹伸朗「全景」展の売店でゲットした「宇和島駅Tシャツ」を着てみました。
次回宇和島に帰省した時には「リアル」宇和島駅でこのTシャツを着て記念撮影してみたいものです。

ちなみにこの「宇和島駅」看板があったころの改築前の宇和島駅の写真を発見しました。
こちらです。

前回の記事で取り上げた「ネオンと絵具箱」折りを見て読んでいますが、私の故郷であり大竹氏の現在の制作拠点である宇和島ネタは私にとって奇妙で不可思議な感覚を与えます。

宇和島は非常に小さな町なので、本に書かれているちょっとした場所は大体イメージがつかめるのですが、「年輪ディープパープル」と題されたエッセイには天と地がひっくり返るほどの衝撃を受けました。そのエッセイに登場する「ばあさん」の人となりをうまく表現した大竹氏の文才も素晴らしいのですが、その「ばあさん」の特徴があまりにも私の非常に近い関係の人物に似ていることが、大竹氏と「ばあさん」の出会いのシーンからうかがえました。これはひょっとすると、とドキドキしながら読み進めて行くにつれその確信はどんどん深まっていきました。

その「ばあさん」とはどう考えても私の祖母なのです。

東京の道をぶらっと歩いていると突然、以前故郷にあった「宇和島駅」の看板が表れた衝撃もかなりのものでしたが、なんとなく買った本の中に自分の親戚のことが大きく取り上げられていることにはそれ以上の衝撃を受けました。

私の親戚云々ということをさておいても、単純に面白いエピソードなので一読をお薦めします。

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昨日たまたま本屋で手にした大竹伸朗のエッセイ集「ネオンと絵具箱」をパラパラめくってみると、「全景」展の会場の屋上に燦然と鎮座していた「宇和島駅」の看板(直前のエントリーに記載)についての話があり、思わず本を購入しました。
やはり「宇和島駅」は6, 7年ほど前まで実際に使われていた宇和島駅の看板で、駅改築の際そのまま捨てられる運命にあった看板を大竹氏が駅から譲り受けたとのことです。
あの看板は私が宇和島に住んでいた高校時代まで当たり前すぎる風景の一部として見慣れていて、当たり前すぎるが故、駅が改築されて看板がなくなっていることにも気付かなかったくらいなのですが、東京のど真ん中で思わずあの看板を発見した時、当たり前すぎる記憶の奥深くにしまわれていた(記憶にあることすら意識されていない)イメージが、本来ありえない文脈で突然目の前の現物として表れた衝撃は、ある意味今年最大のイベントといってもいいかもしれません。

その他、宇和島でのエピソードなどもたくさんのっていますが、何の変哲もない現代芸術とは縁のもっともなさそうな田舎町で、世界的な奇才が常人の発想の全く及ばない様々なことを考えているという現象に、半分当事者のような不思議な感覚を持ちながら読み進んでいるところです。

一方「全景」展の売店で売っていたこれまた世界的奇才ミュージシャンのヤマンタカƎYE氏と共作したCD「PIPELINE」の封をようやく切り、天才なのかキ○ガイなのか判断しかねる「紙一重サウンド」に耳を傾けながら付録のブックレット「ヤマンタカ日記」を読み、ここでまた悶絶します。

宇和島と大阪で録音されたこのCDの製作日記である「ヤマンタカ日記」はレコーディングの合間でのエピソード満載ですが、矢継ぎ早に繰り出されるヤマンタカ氏の「紙一重」的な行動と発言の数々に圧倒され、そのいくつかが何の変哲もない我が故郷宇和島で起こっていたことにまたしても大きな衝撃を受けます。

宇和島が日本に誇る(?)「秘宝」の宝庫、多賀神社(別名凸凹神社)でのエピソード、大阪での「万引き」ならぬ「万置き」(お店の人に無断で変な商品を店に勝手に陳列して逃げる)のエピソードなど、大竹氏のツボを押さえた文章と、そのユーモアをさらに増幅させるような絶妙な装丁で私の心は鷲掴みにされてしまいました。

uwajimaeki.jpg東京都現代美術館で明日まで開催されている大竹伸朗「全景」を見に行ってきました。偏狭的なコラージュと猥雑な香りのする色彩感覚などひとつひとつの作品だけでもかなりの情報量があるのですが、小学校時代の作品から現在に至る2000点という膨大な作品群を一挙に集めての大規模な展覧会で、3分の1を見た位の段階で頭が朦朧とし、全部見終わった後には目がチカチカするくらいぐったりと疲れてしまいました。
この展覧会自体が一つの巨大なコラージュとして考えられているのでしょう。

作品数があまりにも多いので感想を書いているとキリがありませんが、強く印象に残ったのが小学校時代の作品です。図画工作の課題で書いたような絵、マンガや図鑑から模写したようなスケッチ、学校の文集の表紙に選ばれたような版画など、小学校の時代からすでに「芸術作品」になっているようなものも多く、残されているその時期の作品自体の点数の多さも驚異的でした。

上の写真は美術館の建物の屋上に展示されているのですが、これも大竹伸朗の作品です。
私の故郷であり、大竹氏が現在住んでいる宇和島の駅の看板ですが、見覚えがあるので、これは多分以前(20年程前まで)実際に宇和島駅にあった看板そのものを買い取ったんだと思います。美術館に辿り着いた瞬間にその看板を発見してぎょっとしましたが、それは私にとっては東京をぶらぶら歩いていたら突然故郷に辿り着いたような異様な感覚に襲われたからです。

この「宇和島駅」をあしらったTシャツが売店で売ったので、購入したことは言うまでもありません。
リアル宇和島駅でこのTシャツは売っていないのでしょうか。。。。

ちなみに「全景」公式サイトはこちらです。
http://shinroohtake.jp/index.html

idea319.jpg雑誌「アイデア」最新号は、我が故郷宇和島が誇る世界的な奇才アーティスト大竹伸朗の特集です。
とはいえ、宇和島の人がどれだけこの人の存在を認識しているかはよく分かりません(宇和島で個展をやったというような話は少なくとも聞きません)。東京生れなのに、わざわざ宇和島という芸術の中心地とは決していえない(「世界の中心」ではあったらしいですが。。)場所へ引越して作品を作りそれを世界に発信するというのもなかなか「パンク」なものがありますが、作品自体も非常にパンクなものです。

今回の「アイデア」での特集は彼の「切り張り」作品を集めたものですが100ページを超える充実したものでこれ自体が彼の作品である、ともいえるような壮絶な内容になっています。偏狭的なまでの切り張り作業の末に完成された作品をさらにコラージュしたような内容ですが、情報過多にして猥雑な香りの立ちこめる彼の作品についてあれこれ言う文章力は私にはありません。

puzzoo.jpgこれまた奇才のボアダムズのEYEと組んだデュオPUZZOOのCDもついでに紹介しておきましょう。
美術の分野で行っていた切り張り作業を音楽でやったような内容ですが、全く関係のない雑多な音響やリズムが無造作に重ね合わされているのにも関わらず、曼荼羅を思わせるような宇宙的な調和が取れていて、同時にポップでユル〜イ感じも併せ持っています。

imagine_yoko.jpgこの本はオノ・ヨーコの様々な作品の写真や短文を収めたもので装丁も奇麗でそれ自身楽しめるものですが、むしろポイントはおまけのDVDです。

オノ・ヨーコの映像作品の収められたこのDVDの内容は以下の通りです。

Film No. 4 (Bottoms)
Film No. 13 Fly

どちらも7分間の抜粋ですが非常に面白い映像で、このために本体の本を買っても良いくらいです。

Film No. 4 (Bottoms)は多くの人のお尻のアップ映像ばかりをひたすら繋ぎ足したものですが、どアップにすることによってよく分からない物体がゆらゆら動くユーモラスな作品になっています。

特にオススメなのがFilm No. 13 Flyです。
女性の裸体の表面を動き回る蝿をやはりどアップで撮影したものですが、蝿が画面に大きく映し出されるほどのアップなので女性の体はもはや皮膚や体毛ではなく、砂漠や森のように見えます。そしてサウンド・トラックはオノ・ヨーコのヴォイス・パフォーマンスですが、彼女の声があたかも蝿の鳴き声のように聞こえる効果があまりにも絶品です。
これは是非とも全編見てみたいものです。

私はこの商品を表参道のナディッフで購入しましたが、以下の出版元から直接購入することも可能です。
BAKHALL

doa.jpg mado.jpg
日本在住のドイツ人写真家ベルンハルト・シュミットによる2冊の写真集です。ひとつはひたすらドア、もうひとつはひたすら窓ばかりを写したものです。
鮮やかな色合いの写真自体も素晴らしいですし、ドアにしても窓にしても様々な種類があるな、と感心しますが、私の心にヒットしたのはドアや窓という存在そのものです。この両者に共通するものは開けた先に何があるのだろう、という未知への興味です。ひたすらドアや窓ばかりを集める事によりそうした想像力が増幅してくるところにもこの写真集の面白さがあります。
以前、同じように様々な道ばかりを写した「道のむこう」という写真集を買っていたのを思い出して引っ張り出してみたら偶然に同じ写真家の作ということが分かり、びっくりしましたが、私の琴線にヒットする特定の方向性があるのだな、と妙に感心しました。
この道の写真集も同様に、その道の先には何があるのだろうという期待感を感じさせるようなアングルになっているのです。

ちなみにシュトックハウゼンの最新作は打楽器奏者がドアを叩く「天国への扉」というタイトルの作品ですが、どんな作品なのか楽しみです。

small_planet.jpgこの写真集(表紙の画像がAmazonへのリンクになっています)、一見ジオラマとかミニチュアの写真に見えるのですが、実はどれも実物の写真ばかりです。空から写した様々な風景写真の上下両端のピントをぼかすだけで、ビルや車がマッチ箱のように、人間がプラスチックの人形のように見える不思議な錯覚効果を生み出すのですが、それを全面的に使ったのがこの写真集です。

以下のサイトにいくつかのサンプル写真がのっています。

http://www.stairaug.com/ARTIST/honjo.shtml

この写真に限らず、物事というのは周りとの関係によって全く別のもののように感じられる、という実は当たり前だけれどもあまり注意を向けられない事実を痛感させられます。

数カ月前に突然営業を中止し閉店していた青山ブックセンターの本店と六本木店が下記リンクのニュースにあるとおり営業を再開しました。

http://www.nikkei.co.jp/news/main/20040929AT2F2900A29092004.html

ちょうど本店の近くで仕事があったので出勤前に立ち寄ってみました。今まで閉店したのが信じられないくらい普通に営業していましたし、平日の昼間で雨にも関わらずそれなりにお客さんも入っていました。入り口に営業再開のお祝いの花がたくさん飾ってあったので、ああ、閉店していたんだな、という実感が湧きますけど、このような意欲的なお店には頑張って欲しいのでお祝儀代わりに雑誌や写真集などを購入しました。
今、洋書、洋雑誌20%オフのセールをやってますのでそれ目当てで出かけてみるのも良いかもしれません。

ちなみに、レジで小冊子をもらったのですが、そこには営業再開に対する様々な人からのメッセージが集められていました。そこに寄稿した人は糸井重里、アラーキー、大竹伸朗などものすごい人たちばかりで、こうした人たちにサポートしてもらえれば強いな、と感じました。

ソースはこちら。
http://www.asahi.com/national/update/0922/003.html

「太陽の塔」は目が光るんだったんですね。知りませんでした。
私がこの「太陽の塔」を始めてみたのは高校の時でバスの中から外を見ていたら突然巨大な塔が見えてきてその塔にくっついている世にも奇妙な顔面に、「ぎょえっ、何だこれは?」と衝撃を受けた記憶は今でも強く焼き付いています。「変な顔面」そのものも強烈でしたけど、そうした変なものがあのような巨大な建築物として存在している、ということにより大きなショックを受けました。
今思えば、あれがモダンアートの実物に触れた初体験かもしれません。
のちにあの「太陽の塔」がシンボルだった大阪万博でシュトックハウゼンが毎日のように演奏をしていたという事も知ったし、岡本太郎の著書は今でも私に勇気を与えてくれるし、そういう意味で「太陽の塔」は私の音楽家としての活動の大きな原点であると、言えるかもしれません。

本日は東京都現代美術館で開催中のオノ・ヨーコ展に行ってきました。オノ・ヨーコの音楽的な活動については多数のアルバムや生のライヴを体験することによってよく知っていましたが、より広い意味でのアーティストとしての側面は今日まで文献を通じて知るのみでしたから、今日の体験は非常に貴重なものとなりました。文献だけ読むと彼女の作品のコンセプチュアルな面ばかりがどうしてもクローズ・アップされがちですが、実際に作品に接してみるとどれも非常に詩的な雰囲気をたたえていて、心が真っ白になるような不思議な力を持っているのに驚きました。特に東京だけでの展示になる「モーニング・ビームズ」これは必見です。朝日の光をイメージしたような天井から床に張り巡らされた複数の白いロープだけで出来たシンプル且つ巨大な作品ですけど、ものすごく心に訴えかけるものがあります。沢山の棺から木が生えている「エクス・イット」も非常に感動的です。時々小さい棺があって子供用の棺なのかな、などとはっとさせる仕掛けもあります。こうした近作でも、作品自体は非常にシンプルな作りで、見る人がそこから様々なイマジネーションを喚起させるようにうまく考えてあって、これは初期のフルクサス的な作品からの一貫性を感じさせます。
ジョン・レノンの逸話もあって、伝説となった梯子に上って虫眼鏡をのぞくと「YES」と書いてある作品も展示されていましたが、こちらは作品が古くなっているという理由で実際に梯子へのぼることができなかったのが残念。
貴重だと思ったのが「カット・ピース」の実演の映像記録や「フライ」などの映像作品がじっくりと見られたことです。「フライ」は人の裸体の上を動き回るハエの様子を超クローズ・アップでひたすら捉える作品ですが、その映像に合わせてオノ・ヨーコ自身のア・カペラのヴォイス・パフォーマンスの録音が重ねられますが、この組み合わせが絶妙です。ずっと見てると、そのオノ・ヨーコの発する超音波ヴォイスがハエの鳴き声のように聞えてくるのです。これ、DVDとかでたら、私は絶対買います。

もちろん有名なWAR IS OVERもあります。
このメッセージが未だに有効であるのがちょっと悲しいですけど。。

実はそんなに期待してなかったのですが、めちゃくちゃ感動してしまいました。

公式サイトはこちらからどうぞ。

cover大竹伸朗の限りなく子供の落書きに近づきつつ、でも妙に毒々しい絵、それに谷川俊太郎の文章がかぶさった「たのしい」絵本です。
赤くて一つ目の何とも形容しがたいシュールな動物(?)が主人公のようですが、谷川俊太郎の文章は「みょぷらぬ のに?」「ごどぶげじょぴゃぎょの」などとことごとく意味不明のフレーズばかりで、もちろんストーリーは意味不明です。でもこの「めちゃくちゃ語」、声に出して読んでみると結構気持ちいいのです。これを歌詞にして童謡を作曲してみたらクールだろうな、とひそかに計画中です。

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