アルノルト・シェーンベルク Arnold Schoenberg は20世紀で最も重要な作曲家であり、彼がいなければベルクやヴェーベルンはもちろん、ブレーズやシュトックハウゼンも作曲家として大成できなかったであろう。
シェーンベルクの打ち出した新しい作曲概念「無調性」と「12音技法」については、その名前すら聞いたことのない人は皆無であろうし、現代音楽に詳しい方ならこれらの概念は「一般常識」であるはずだ。しかし、シェーンベルクが亡くなってからもはや半世紀が経とうとしている現在においてもこれらの概念が一般の人に正しく理解されているとは言い難いし、シェーンベルクの作曲家としての評価も、いまひとつ正当性を欠いたものが多いような気がする。
「現代音楽」というものに懐疑的な人にとっては、「12音技法」という悪魔の作曲技法を生み出した真犯人、現代音楽「通」にとっては「12音技法」という新しい作曲概念を発明したにもかかわらず、それを結局うまく使いこなせなかった保守的な作曲家、といった批判がもっとも多く耳にするものであろうか。
「12音技法」の概念は従来の調性音楽の機能和声の概念に比べると極めてシンプルな作曲技法であり、かつ真に新しい作曲概念をもたらすものであるが、シェーンベルクはその新しい技法をソナタ形式や変奏曲といった旧来の形式概念の下で展開させ、それが作曲概念上の大きな矛盾を生み出してしまった。
ブレーズを始めとするシェーンベルクに対するほとんどの批判がこの点に集中しているが、そうした矛盾があるからといって、シェーンベルクの12音技法を用いた作品が駄作かと言うと決してそうではないことは、12音技法期のシェーンベルクを批判している当のブレーズがこれらの作品を演奏し、録音していることからも明らかである。
シェーンベルクは12音技法によって音高を組織化することには成功したが、その技法をリズムや強度、音色などに拡大する先進性までは持ち合わせていなかった、そういう意味でシェーンベルクは19世紀的な音楽観の作曲家である、といった意味のことをシュトックハウゼンが著書の中で述べているが、無調の音楽を作曲し始めた1910年前後の時期の作品において、非常に原始的な段階であるが、音色に対する新しい実験が行われた作品のことについては忘れてはならない。
この実験で良く知られているのが「音色旋律」というもので、ひとつのメロディーを複数の楽器で受け渡していく手法である。この技法は、それまでは副次的な機能しか与えられていなかった「音色」というパラメータを本質的な音楽要素として扱おうとする試みであり、1909年に作曲された「5つの管弦楽曲 作品16」の第3曲と第5曲にその実例が見られる。特に第3曲では旋律的な要素がほとんど存在しておらず、静的な和音の「音色のうつろい」つまり「サウンド」自体が作曲の本質的な要素となっていて(楽器法はもちろん和声の変化もサウンドの変化として捉えられる)、その視点の新しさはヴェーベルンやヴァレーズはもちろん、フェルドマンなど戦後の作曲家の作風すら先取りしている。
このように音楽をメロディーや和音の集まりでなく「サウンド」として捉え、構成していく作曲法をシュトックハウゼンは「サウンド・コンポジション」と呼び、この概念から初期の電子音楽の傑作を次々と生み出していったが、このような戦後の新しい音楽概念の胚芽となる作品をシェーンベルクはすでに1909年に作曲していたのである。シュトックハウゼンはサウンド・コンポジションの戦前の試みとしてヴェーベルンやヴァレーズの作品、ケージのプリペアド・ピアノや打楽器アンサンブルのための作品を挙げているが、シェーンベルクのこの試みがたとえ原始的な段階に留まっているとしても、ヴァレーズやケージのそれよりもかなり以前に行われていることは注目に値する。
ただ、シェーンベルクの「5つの管弦楽曲」とほぼ同時期に作曲されたヴェーベルンの「管弦楽のための6つの小品 作品6」にもサウンド自体が作曲の大きな要素となっている部分が見受けられるが、それでもシェーンベルクの作品16の第3曲ほどサウンドの構成のみに作曲の重点をおいた部分は存在していない。
この曲に関しては、シェーンベルクが「音色」というものに対して作曲上極めて大きな役割を強く意識して与えているのは明白であるが(事実出版譜にはこの曲に対して「色彩」というタイトルが与えられている)、これほど意識的でないにしても、この時期のシェーンベルクの他の作品に「サウンド」を強く意識したパッセージは数多く見られる。
ロマン派の概念を押し進めた表現主義の作品として1910年前後のシェーンベルクの作品に接するのでなく、戦後シュトックハウゼンらが意識的に推進したサウンド・コンポジションへの無意識の遠い原形としてこれらの作品に接し直すことでシェーンベルクの新たな側面が浮き彫りになってくるのではと考え、実例を交えつつこのことについて考察して行きたい。
シェーンベルクが12音技法を編み出し無調音楽を組織的に作曲できるようになるまでは、さまざまな詩や台本など、テキストの素材が彼の作曲の出発点となっていた。誰も足を踏み入れたことのない「無調」という未知の音世界を探究するのには、こうした音楽外の要素をきっかけとして作曲するのが当時のシェーンベルクにとって最も容易な方法だったのだろう。
ここでシェーンベルクが選んだテキストは、どれも精神の深層を描いた神秘的なものであり、これが当時の聴衆はもちろん、現代の聴衆にも少し近付き難い印象をもたらしていることも事実である。
シェーンベルクが無調の作品を書き始めて12音技法を生み出すまでの間の時期の作風を「表現主義」と一般に呼んでいるが、この時期の音楽を、「表現主義」というレッテルはもちろん、テキストからも解き放ち、「未知の音響への実験」という純音楽的な視点から捉え直してみるとシェーンベルクの新たな魅力が発見できるだろう。
シェーンベルクは和声の協和、不協和について、倍音の概念を用いて次のように説明している。「一般的に協和音とされている和音の構成音はより低次の倍音に由来し、不協和音とされている和音の構成音はより高次の倍音に由来している。従って、協和音、不協和音といった対立的な捉え方は正しくなく、相対的な協和度の違いがあるだけで、不協和音も『はるかな協和音』として認識できる。」
現在ではなかば常識となっている音響的な理論で、すべての音はある周波数のサイン波と、その整数倍の周波数のサイン波(つまり倍音)へと分析できる、つまり音色の違いというのはこの倍音成分の組成の違いに由来する、というものがあるが、この理論とシェーンベルクの和声についての考え方を組み合わせてみると、シェーンベルクは(意識的か無意識的かは別として)「和声=音色」という捉え方をしていることが分かるだろう。
つまりシェーンベルクは「3和音」という低次倍音のみに基づいた単純な「音色(=和声)」による調性音楽のシステムを捨て去ることにより、一般的に「不協和音」と呼ばれている、より複雑な「音色」を手に入れた、そしてそれが無調音楽と呼ばれている、と言えるだろう。
ただし、複雑な音色といっても、ヴァレーズやケージのように打楽器を始めとする全ての音響(伝統的な音楽概念では「ノイズ」と呼ばれる)を音楽の本質的な要素として解放した訳ではなく、「楽音」と呼ばれる音高のはっきりと定まった音色のみに限られていて打楽器などのノイズ的音響は単なる装飾的要素としてとどまっているに過ぎないことには注意しておきたい。
こうしたことを始めとして、シェーンベルクは基本的には伝統的な音楽観をもった作曲家であり、ロマン派の作曲家とそれほど音楽観に隔たりがある訳ではない。
しかし、前に挙げた「5つの管弦楽曲 作品16(1909年作曲)」などのように音響自体を音楽の本質的な要素として扱う試みは、12音技法によって作曲するようになってからはさらに発展させられることはなかったにしても(12音による作品では、音色は作品の構造を明確にするための要素としてのみ存在する、つまり音色は音高に奉仕する)、ヴァレーズ、シュトックハウゼンの「サウンドコンポジション」を予感させるのに十分な革新性を持っている。
「5つの管弦楽曲」の第3曲では伝統的な音楽で最も重要な要素「メロディー」が全く欠落している。「和声」は存在しているが、その変化は非常に微細でリズムもほとんど感じさせない静的なテクスチュアを保っているので、この音楽を聴く人の耳は必然的に音色の変化へと向かい、こうした耳で聴くと和声の変化も音色の変化として知覚される。
このスタティックな音響にときおり数音からなる短い音形が加わるが、これらももはやモティーフとしてではなく一種の「音響的オブジェ」として認識される。全く同じ音形が全く音程関係を変化させずに散発的に繰り返されることによって、これもやはり音色へと聴き手の興味を誘う。
ここで重要なのは、音色の変化ではなく、和音、短い音形などが「音響的オブジェ」として捉えられている、ということである。この考えを徹底させると、これらの和音、短い音形などを、シンバルや銅鑼の一打ち、ウッドブロックのリズム、電子的な音響などありとあらゆる世界中の音響と等価に捉え作曲素材として平等に扱うことができるようになるが、こうしたアイデアはヴァレーズら、新たな世代の作曲家によって実現された。
この「音響的オブジェ」という決定的に新しい考え方が「5つの管弦楽曲」の第3曲で明確に示されているのに対して、この第3曲と同じように音色に作曲上の大きな関心が置かれた第5曲には、全くこの「音響的オブジェ」という観念が欠落しているので、その豊かな音色にもかかわらず音楽としては19世紀的な、マーラーの影すら感じさせる作風にとどまっている。
この観点からみると、この第5曲よりはむしろ第2曲に「音響的オブジェ」の概念が感じられる部分がある。
スコアの練習番号6番の3小節目(サイモン・ラトル指揮バーミンガム市交響楽団の演奏のCDでは開始から3分2秒目)からチェレスタとフルートによって全く同じ音形が執拗に繰り返されるが、この無機的な繰り返しゆえに、この音形が音響的オブジェとして知覚される。このすぐ後にファゴットによるスタッカートの短い音形が加わり、この音形は多少の変形を受けながら繰り返されるが、こちらも音響的オブジェの変容として捉えられる。
これと同じような例が「6つのピアノ小品 作品19(1911年作曲)」にも見られる。よく知られているように、この小品集は演奏時間が極端に短いので聴衆の耳は音楽の展開ではなく、一瞬一瞬の音響に注意を向けざるを得ない。演奏時間自体が短いので音響オブジェ自体が一つの小品となったともいえるが、特に第2曲と第6曲で特定の和音の無機的な繰り返しによる音響のオブジェ化が見られる。
第2曲ではG−Hという2声の和音が基本的に8分音符のスタッカートで同じ音域で表れるため、コツ、コツ、といったようなノックの音を連想させる音響オブジェの性格を帯び、途中でこの和声が4分音符に長さを変えるだけで、このオブジェが大きく変容するように感じられる。
第6曲ではA−F#−HとG−C−Fという二つの3声の和声が、長い音価にわたって鳴らされるが、こちらは2つの鐘が無関係になっているように聞こえる(実際この和音がマーラーの葬儀の鐘を表しているという有力な説がある)。
私達は鐘の音を聴く時に音楽の展開や和音の構成音などといったことは気にせず、ただその音色、音響を「音そのもの」として、つまり、「音響オブジェ」として知覚するが、この曲も全く同じ種類の聴取を要求している。
音楽が音響オブジェとして知覚されるための重要な条件として、モチーフの展開によって作曲するという伝統的な概念によらず音楽を構成する、ということが挙げられるが(先に挙げた短い音形や特定の和音の無機的な繰り返しもこれに当たる)、この概念の転換を「3つのピアノ曲作品11(1909年作曲)」に見ることができる。
1909年の2月に作曲されたこの曲集の第1曲と第2曲は部分的に音響オブジェへの傾向(例:第1曲12小節目)が見られるものの基本的にはモチーフを用いた伝統的な作曲法の延長線上にある。しかし、「5つの管弦楽曲」の完成間際の8月に作曲された第3曲にはモチーフを用いて音楽を統一しようという意志は全く感じられず、次々と新しい音響現象が表れては消えていく。つまり音響オブジェのつらなりとして作曲されているのだ。
この独創的なピアノ小品の後すぐに作曲された「期待(1909年作曲)」では、前作で示唆された方向性が30分という極端に長い演奏時間の中で大きく発展させられている。
この作品は30分という大作であるにもかかわらず、全体に通して表れるモチーフや主題が全く存在せず、テキストからインスピレーションを受けたパッセージを次々と作曲していくという、散文的な作曲法をとっている。テキスト自体は、ある女が夜森の中へ恋人を探しにいって、彼の死体を見つける、という簡単なストーリーはあるものの、テキストのほとんどはこの女の独白に終止しているため、テキスト自体にも明確なストーリーの展開というものが欠けている。
という訳で、このモチーフの存在しない音楽は、音そのもの、つまり音響オブジェとして聴かれることを徹底的に要求しているが、シェーンベルクのその他の作品の中で、この傾向がここまで極端に押し進められたものは存在しない。
さらにもう一つ、この作品に特徴的なのが、序奏があって、なんらかのテーマが呈示されてそれが展開されていく、という伝統的な音楽の展開とは全く異なっていることである。このことはモチーフが存在せず音響オブジェの連なりとして作曲されているということに由来するが、音楽が始まって何らかのクライマックスに達して、もっともらしく終結するなどという方向性を期待してこの音楽を聴取しようとすると、この音楽は決して理解できないであろう。
アドルノは、この「期待」の音楽は「一瞬の永遠を400小節の中で」明かすものである、と述べているが、実はこの考え方はシュトックハウゼンの「モメント形式」の概念に非常に近いものがある。
モメント形式とは、数秒から数分から成る「モメント」と呼ばれるそれ自体で独立した音楽事象を組み合わせることによって、作品を構成していくシュトックハウゼンによって考案された形式概念であり、彼の「コンタクテ」「カレ」「モメンテ」などの作品はこの概念をもとに作曲されている。
こうした形式を持つ作品を聴取する時には音楽の展開を期待するような方法は好ましくない。一瞬一瞬の音響を前後関係とは無関係に、そのものとして聴取することが必要である。
モメント形式についてシュトックハウゼン自身の言葉を引用しておこう。
「一つのモメントは前のモメントの結果でもなければ、次のモメントの原因でもない、つまり決められた持続の一部である必要はない。そうではなくて、そこでは『今』への、一つ一つの『今』への集中がいわば垂直の切断面を作り出し、それが水平的な時間概念を縦横無尽に切断し、やがては無時間性へと至るのである。それを私は永遠と名付ける。時の終わりに訪れる永遠ではなく、あらゆる瞬間に手の届く永遠。」(「シュトックハウゼン音楽論集[清水穣訳 現代思潮社]より引用)
シェーンベルクの「期待」もシュトックハウゼンのモメント形式の作品を聴取するように、音楽の大きな流れではなく、その都度表れる一つ一つの音響現象をそのものとして集中的に聞くことによって、この先鋭的な音楽の真価を感じ取ることができるであろう。
30分という長大な演奏時間を必要とする「期待(1909年作曲)」とほぼ同じ演奏時間の「月に憑かれたピエロ(1912年作曲)」においては、「期待」とはまた違ったアプローチから音楽の音響オブジェ化の試みが行われている。
この「期待」と「月に憑かれたピエロ」は、どちらも一人の歌手のソリストと器楽合奏のための半時間の音楽であるという点では共通しているが、その他の面では非常に対照的な特徴を持っている。
まず、ソリストである歌手は「期待」においてはヴァーグナー以来のオペラ的でドラマティックな歌唱が要求されるが、「ピエロ」においてはシュプレヒシュティンメという語りと歌を混ぜたような全く新しい歌唱法が要求されている。
また、「期待」は約30分という長大な単一楽章の作品であるのに対し、「ピエロ」ではこの同じ30分という演奏時間が21曲の小品に分かれている。
そして「期待」の器楽部分は後期ロマン派風の4管編成の巨大な管弦楽であるが、「ピエロ」はサロン風な趣も持つ管楽器、弦楽器、ピアノからなる5人編成の室内楽である。
歌手のソロと器楽合奏という共通点を持つこの2つの作品の、以上のような対照的な特徴は、「期待」が後期ロマン派の最終地点であり、「ピエロ」が後に発見される12音技法に始まる新しい作曲様式への出発点である、という作品の位置付けの違いを象徴しているとも言える。
「期待」においては様々な音響オブジェ的なフレーズが長大な楽曲の中で次々と表れては消えていくが、「ピエロ」においてはこうした音響オブジェ自体(厳密に言えば音響オブジェの小集合)が1つの小品として独立している。音響オブジェ自体をミニチュア的な小品として構成する作曲法は「6つのピアノ小品作品19」や「心の茂み作品20」ですでに試みられている。
作品19のピアノ小品ではピアノという単一の音色の中で、様々な和音や断片的なフレーズなどを音響オブジェとして扱っているが、「心の茂み」では音響オブジェの扱いがもう一歩前進している。この作品はソプラノ独唱、ハープ、チェレスタ、ハーモニウムという前例のない楽器編成を要求しているが、これは作曲者の頭の中にある音響(あるいは音色)のイメージを実現させるためにこのような楽器の組み合わせになったのであろう。こうした考え方は現在では珍しいことではないが、彼の生きていた時代には、室内楽にしろ、オーケストラにしろ、ある種の定型的な楽器編成があり、その楽器編成のもとで作曲者が創造力を働かせる方法が一般的であったので、シェーンベルクのこうした方法は非常に革新的であったと言える。
作曲者のイメージした音像を具体化するために新しい楽器編成を作り出す手法は、次作の「ピエロ」でも使われるが、ここではさらに新しいアイデアが取り入れられている。
この作品の器楽部分の楽器編成はフルート(ピッコロ持ち替え)、クラリネット(バス・クラリネット持ち替え)、ヴァイオリン(ヴィオラ持ち替え)、チェロ、ピアノであり、決して当時一般的なありふれた楽器編成であったとは言えないにしても、管楽器と弦楽器が共に含まれていることなどから一種の小オーケストラの観を呈しているので、この楽器編成自体は飛び抜けて革新的である訳でもない。
この作品の楽器編成における革新的な点は、小品ごとに楽器編成を変えている点である。後半の曲で若干の例外があるが、基本的に全ての曲では楽器編成がことごとく異なっている。
このことによって、それぞれの曲が音色、音域において独自の特徴を持つことができるので、それぞれの曲を全く独自の特徴を持つ音響オブジェとして併置し、次々と音色が万華鏡のように変わる幻想的なムードを作ることに成功している。
こうした革新的なアイデアは、弟子のヴェーベルン、ラヴェル、ストラヴィンスキーなどの同時代の作曲者だけでなく、メシアン、ブレーズの世代までにもその影響を及ぼした。
作曲者の求める音色を実現させるために、変則的で新しい楽器編成を作り出し、さらに曲ごとにその楽器編成を変えることによってその曲の音響の独自性を強調し、全体としての音色の多様性を得るという「ピエロ」の重要な特徴は続く作品「4つのオーケストラ歌曲作品22」にも応用され、各曲で全く前例のない「異様」ともいえるアンバランスな楽器編成が要求されているが、この手法に限って言えば「ピエロ」ほどには成功していないように思う。
もちろんこの作品にも特殊な楽器編成ならではの独特な音色の効果をあげている部分も多いのだが、対象が大人数のオーケストラだけに音色のコントラストが付きにくく、この点では「ピエロ」での小編成の方が有利だと感じる。
もっともこの作品では多彩な音色の変化を狙っているというよりは非常に微妙な音色のニュアンスを求めている部分も多いし、12音技法に繋がる独特なモチーフ操作にも作曲上の大きな関心が置かれているので(この傾向は「ピエロ」の一部にもその胚芽が認められる)、音響の面だけで「ピエロ」と単純に比較することに大きな意味がないとも言えるが、12音技法を生み出してからは、純粋に音響オブジェとして音色を操作することよりも12音列の操作の方に作曲上の関心が移ってしまうことから、この作品22の歌曲集は「音響オブジェ」から12音技法という「音程オブジェ」へのシェーンベルクの関心のシフトを捉えた、過渡的ではあるが非常に興味深い一例であると認識してみることによって、この作品の魅力を再発見出来るかもしれない。