2011年2月アーカイブ

18日のライヴが無事に終わりホッとしていたところに、思わぬハプニングが襲いかかりました。自宅でメインマシンにしていたiMac(5年ほど使用、これまでトラブルなし)が突然起動しなくなったのです。

同様の現象で困った人の何らかの参考になることも願いながら、長文ですが、事の顛末を記録しておきます。

昨日朝、珍しくフリーズしてしまったので、再起動したところ、起動画面に進まず、起動ディスクが見つからないという?マークのアイコンが。。

はじめて見たアイコンに一瞬ギョッとしましたが、もう一度再起動させると、無事に起動してそのことはすぐ忘れていました。
そして夕方帰宅し、少し操作をした途端にまたフリーズ、特定のアプリケーションのみが固まることはあっても、システム全体が固まってしまうことは最近のMac OSでは珍しいことなのでおかしいなと思いつつ、これといった危機感も抱かずに再起動したら、また同じ?のアイコンが出現、オヤと思い、もう一度再起動させると、いつまでもグレーの画面のまま起動しなくなりました。

ヤバいと思い、OSインストーラーのDVD-ROMを引っ張り出してそこからシステムを起動させ、ハードディスクの修復を試みましたが、なんと、「修復に失敗しました。できるだけ早くバックアップをとってディスクを再フォーマットして下さい」とのメッセージが。。

ゲゲゲ、と再び再起動を試みても起動すらしないので、バックアップの取りようもありません。OSのインストーラーから再び起動(Cキーを押しながら起動)させると、OSの入ったディスク自体がマウントできないことも判明、バックアップを取っていなかったデータもあり、真っ青になってしまいました。

別のMacでアップルのサポートのページをしらべると、PRAMクリアなど色々対応策がありますがどれも不発。FireWireのケーブルを他のMacからつないで、ターゲットモードで他のMacからそのハードディスクをマウントするという方法を見つけましたが、家にあるMacBookはどれもUSB端子しかありません。
ということで、何年も電源を入れていないPowerBook G4を引っ張り出しましたが、電源アダプタがありません。家探しをしてやっとの思いで見つけてつないでみてもなぜか電源が入りません。コンセントにさす部分の接触が悪いらしいことが分かり、今使っているMacBookのアダプタの先の部分だけ差し替えて何とか起動、ケーブルもつないでターゲットモードで起動(Tキーを押しながら電源を入れる)を試みましたが、これでもマウントできず絶望的な気分に。

アップルに持っていくか、業者にデータ復旧を頼むか、ネットを検索しているとデータ復旧ソフトが何種類かあることを発見しました。
いくつか調べてみて、これは、と思ったのが「データレスキュー3」というソフト。米国FBIやCIAが犯罪捜査で公式採用という煽り文句に多少の懐疑心を感じながらも、デモ版で機能も試せるということで藁をもすがる思いでダウンロードしてみました。
(この段階で午後10時くらい)

このソフトを埋めこんだ起動用のディスクをはじめに作らなくてはならない、ということで、このソフトの指示するままに、DVD-Rをスロットにいれ、かなりの時間をかけ起動用ディスクを完成、iMacに入れて起動させましたが、いつまでも起動しません。

また絶望感が襲ってきましたが、説明書をよく読むと、DVD-Rでの起動は15分ほど時間がかかるがUSBメモリにインストールするとすぐに起動するとのことで、対処は早いほうがいいと判断し、たまたま使い道もなく遊んでいたUSBメモリにインストール、その頃にはかなり遅い時間になっていたので、元気なMacBookでこのUSBメモリから起動できることを確認し、その日の作業は終了としました。

不安な気分のまま迎えた今日はたまたまオフだったので、復旧作業に集中することができました。

まずは、昨晩仕込んでおいたUSBメモリをiMacに挿し込み起動させると、あっさり起動、そこからデータレスキューを起動させました。
(optionキーを押しながら電源を入れると、起動ディスクを選択する画面がでてくるので、そこでUSBメモリを選択)

はじめの画面で、「ホームフォルダを選択」と指示がありますが、マウントすらできないハードディスクからそのようなものが出てくる訳はないので無視して次の手順へ進みます。

簡易なものから高度なものまで何種類かのディスク・スキャンの選択肢が示されますが、とりあえずは時間のかからないクイック・モードでスキャンを開始しました。
いくつかのフォルダやファイルは出てくるものの、あるはずのほとんどのファイルは行方不明のまま、あまり期待せずに、詳細なスキャンモードで再びデータ検索を試みます。500GBのハードディスクをローラー作戦的に検索し、データのパターンからフォルダ構造やファイルの再構成を行っていくので、この作業には4時間半以上という長時間を要しました。

単調な作業で愛想のない画面ですが、進捗状況が逐一表示されるので、ゆっくりながらもスキャンが行われていることが目で確認でき、不安感を与えないようになっています。スキャンの途中でもmp3やjpegなど発見したファイルの形式が画面にかわるがわる表示され、データ復旧への期待も高まります。

4時間半後、再構成作業が終わり、発見されたフォルダやファイルがFinder風のリストで表示されますが、iMacに保存していたとおりのフォルダ構成が見事に再現されていて思わず胸が熱くなります。少し前のチリの救出劇に直に立ち会っているような気持ちといえばよいでしょうか。

デモ版では、10MB以下の一つのファイルだけ救出できるという機能制限がありますが、ここで無事にデータ救出ができることを確認し、販売サイトからこのソフトを正式に購入、メールで送付されたシリアル番号を入れ、外付けのハードディスクにデータを復旧していく作業を始めました。

システム関連のファイルは救出しても私の手に余るので無視、ホームフォルダに入ってある200GBほどのデータを選択して復旧開始のボタンを押しました。
待つこと3時間、元気なMacBookから救出ファイルの入ったハードディスクにアクセスすると見事にファイルが復元、不可視ファイルが可視化されているなど、多少ゴテゴテしているもののフォルダ構造やファイル名が見事に再現されていたのでデータが無事に復旧されていることも簡単に確認できひと安心しました。

もっともiMac自体は起動しないままですし、ハードディスク自体に問題がある可能性もあるので、OSの再インストールですむのか、新しいマシンを購入する必要があるのかどうか、まだ完全な問題解決には至っていませんが、自分で作成した、「そこにしかない」貴重なデータが復旧できてホッとしています。

本日のデータ救出作業だけで8時間近く要しましたが、死人の脳みそから記憶を取り出すような神がかった機能には感嘆を禁じえません。
「データレスキュー3」のFBI,CIA云々という煽り文句は決して誇張でないことも体感できましたが、普段のバックアップの必要性も痛感しました。

ということで明日はお祓いにいってきます。
長文お付き合いいただきありがとうございました。

昨日の、私のソロ・ライヴ「独声vol.2」は、お陰さまで無事に終わりました。
多くのお客様にご来場いただき、感謝しております。

今回は少し軽めの内容と思って企画したはずだったのが、結果的に、委嘱新作を始め、前回以上にヘビーな内容となってしまいました。

体力的にもギリギリの内容でしたが、作曲して下さった皆さんが楽譜に込めた熱い想いを受け、自分の音楽も一歩前進できたような気がします。

次回公演は9月15日、杉並公会堂小ホールへ場所を写し、有馬純寿さんの音響の助けも受けてより壮大な内容を目指しますので、お楽しみに。

現時点で決まっている曲目は以下のとおりです。

シュトックハウゼン:シュピラール(声と短波ラジオ)
ケージ:「ソング・ブックス」より(声+エレクトロニクス)
森田泰之進:うたかたながし(声+テープ、独声vol.1委嘱作品)
志田笙子:委嘱新作

(実現するかどうかは分かりませんが、この他にもアッと驚く企画も計画中です)
タリス・ジャケット.jpg

すでにiTunesでご好評を頂いている(現時点でクラシックチャート最高7位を記録!)、タリスの40声モテット《Spem in alium》、一人多重録音の音源、OTOTOYより、24bit/96kHzの高音質ヴァージョンの配信も開始されました。

ここでは、原曲に加え、40声それぞれの個別のトラック(リヴァーブもなし)も同時配信していますので、我こそは、という方はリミックスも可能です。
個人的には、演奏のアラや編集の跡もあらわになっているこの音源には、舞台裏を見せるような恥ずかしさがありますが、そこも込みでお楽しみ頂ければと思います。
以下のリンクより、試聴、購入ができます。


同時に、前作《MONO=POLI》の同様のハイレゾ音源の配信も始まっていますので、あわせてリンクをはっておきます。

18日のライヴの曲目解説、最終回です。

前半と後半のそれぞれ最後に演奏する作品は、どちらも特殊唱法を排し、メロディーとリズムの展開のみで勝負した、直球の無伴奏声楽曲の力作となっています。

前半最後のライマンの《Entsorgt 廃棄物処理されて》は、核廃棄物に関する社会的なテキストの選択に現代という時代を感じさせますが、音楽の身振りにはベルクの《ヴォツェック》などの影響が強く感じられ、さらに言えばドイツリートの伝統すら透けてみえます。
無伴奏の独唱で最大限の表現を目指すべく、常にジグザグと激しく跳躍するメロディーが広い音域を駆け巡り、歌い手の自由な呼吸の隙を与えない複雑なリズム記譜も相まって、声楽的には極めて高度なテクニックが必要とされます。

本番で歌ってみようと決心するまでに5年以上の月日を要しましたが、音楽が体に馴染んでくると、複雑なリズムからしなやかな音楽の流れを表現できるようになってきました。

リズムの複雑さでは、演奏会最後に披露する木下正道さんの《石をつむ II》も負けていません。記譜上のテンポは固定されていますが、16分音符の3, 4, 5, 7つ分など様々な音価がセクションごとの基本テンポのように扱われ、さらにその音価をもとにした3連符、7連符などが頻出するため、常に作品のテンポが揺れ動いているように聴こえる効果を生みます。

しばしば急速に上下する装飾音が現れるものの、同音の繰り返しによる音形が作品のほとんどを支配しているので、このテンポの揺らぎをいかに繊細に表現するかが演奏の肝となります。
そこから派生する、ポルタメントを伴う音形は、日本的な情緒を連想させますが、安易な東洋趣味に陥ることはありません。

実直な彼の人柄を表すような作品ですが、そこに込められた音楽的強度を最大限に引き出せれば、と思います。

以下は、作曲者自身による解説文です。
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「石をつむ II」は、宮沢賢治の二つの短歌に基づいて作曲されました。

対岸に
人、石をつむ
人、石を
積めどさびしき
水銀の川

すべりゆく
水銀の川
そらしろく
つゆ来んけはひ
鳥にもしるし

 二十絃箏と箏歌のために昨年作曲した「 I 」と、この「 II 」は全く同じ歌詞を用いています。メロディなどはかなり違いますが、ある特定の言葉にとりわけ拘ったり、または時に切り刻まれつつ増殖したり、前後があやふやになってもいくような、言うなればリニアに意味を伝えるようなやり方をなるべく排除した歌詞の扱い方を「 I 」と同じくここでも考えました。意味するものとはまた違った言葉の背景というか、それが指し示す、歴史/記憶の遠い彼方、おそらく気配でしか察することの出来ない極めて奥深くに隠されたものを、演奏者の身体性を媒介にして垣間見たいというのが作曲上の目論見です。松平敬さんという、グレゴリオ聖歌から最新の作品まで、圧倒的に幅広いレパートリーと豊富かつ深い知見と経験を内包する頭脳と身体によって、この作品が顕になることを、嬉しく誇りに思っております。
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演奏も最終的な仕上げに入ってきて改めて全体を俯瞰してみると、前回以上にヴァラエティに富んだ内容になったと自負しています。
若干の飛び道具を使うものの、基本的に一人の声でも様々な可能性があることが体感できると思います。

まだ若干の座席がありますので、ご予約はお早めにどうぞ。
18日に迫ったソロ・ライヴの解説、さらに続きます。

山根明季子さんの《水玉コレクションNo.02》は任意の楽器を歌いながら歌う作品ですが、タイトルが暗示するとおり、声のパートも楽器のパートも、演奏する一音一音が水玉になぞらえられています。水玉が次々と表れては消えてゆく様が、短い音の連なりで表現されていますが、作曲にあたって引用された歌詞はすべてパ行に置き換えられているので、結果的に何を言っているのかは分からなくなってしまっています。この水玉状に異化された言葉がポリリズムなどによって器楽的に処理されたり、パ行に置き換えられても残存している、もとのテキストの日本語のイントネーションが音楽素材として利用されたり、限られた素材から多彩な音模様が描かれています。

以下、作曲者自身による解説です。

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 《Dots Collection (水玉コレクション) 》というタイトルは、例えばパルス的音像から印象付けられる丸い絵柄を描き出したものをコレクト (収集) することを追求していることから由来し、2作目となる No.02 は、2007年に大正琴を伴うパフォーマンスにより初演、以後テューバとピアノ&ピアニカのデュオで再演されるなど楽譜解釈の自由度が比較的高い作品です。
 この作品では、特に"言葉"を扱っていて、性や死を扱った哲学的言論や、人間の奥底に潜む闇を描く言葉、それら放送が憚られる語彙に「ピー」を入れる、つまり「ぱ行」でフィルターをかけていく (子音を全て P に変更) ことで「ぱぴぷぺぽ...」と抽象化して、ドット柄としてそのまま標本化していきます。原文が日本語であるためイントネーションなどがそのまま音楽的な要素として浮き出てきます。今回は松平氏のバリトン (ただし全てファルセットの指示) とiPad+ iPhoneによる電子音での演奏ということで、テクノロジカルな、歪められた言葉の残骸による音模様が立ち現れるでしょう。
・テキスト引用:『BAD TASTE あるいはマイノリティの聖域 vol.1』(東京三世社 1996) 『危ない1号第2巻』(データハウス 1996)
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今回のライヴのための委嘱作品である山本哲也さんの《perhpas vairation?》は、まだ現役の音大生である若い彼ならではの歌詞の選択がまず目をひくでしょう。

こんちには みさなん おんげき ですか? わしたは げんき です。
この ぶんょしう は いりぎす の ケブンッリジ だがいく の けゅきんう の けっか
にんんげ は もじ を にしんき する とき その さしいょ と さいご の もさじえ あいてっれば
じばんゅん は めくちちゃゃ でも ちんゃと よめる という けゅきんう に もづいとて
わざと もじの じんばゅん を いかれえて あまりす。
どでうす? ちんゃと よゃちめう でしょ?
ちんゃと よためら はのんう よしろく

2ちゃんねるなどで話題になったこのテキストが歌詞になっていますが、これを特殊唱法や演劇的なアクションでさらに異化する、という発想で作曲されています。

以下、作曲者自身による解説です。

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 いわゆる「2ちゃんねるのコピペ」をテキストとして用いて、曲タイトルもテキストの仕組みをもって決定しました。
コンサートでの声楽曲の聴き方には3つのパターンがあります。テキストを見ながら聴くか、テキストは見ないでステージを注視して聴くか、はたまた目を瞑って聴くか。また、そのいずれかを選択するかによって脳の情報の受け取り方も変わるので、どの情報を集中してインプットするかを聴衆自身が選択することになると思います。
 前半ではテキストを文字ごとに分解し、そこに唱法や音名、動作を当て、元テキストを聴覚上さらに異化しました。簡単にいうと洒落、ちょっと知的にいうと江戸の判じ絵のような感じです。これらは密接にリンクしているのですが、テキストか演奏者の動作かは、どちらかしか見ることが出来ません。よって、「冒頭の1分間」はテキスト情報を予備するためにあります。
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山根さん、山本さんともに、川島素晴さんの優秀な門下生ですが、川島氏の声のための一連の《インヴェンション》のシリーズからの影響も感じられます。
私自身もこのシリーズの何作かを演奏していることもあり(IIIは私の初めてのリサイタルのための委嘱作でした)、そのDNAを引き継ぐ、より若い世代のお二人の作品を演奏することには感慨深いものがあります。

お陰さまで、かなりの予約を頂いております。
確実なご入場のためには、お早めのご予約をお薦めします。
(続く)

18日に迫ったソロ・ライヴの解説の続きです。

20世紀以降の声楽曲でしばしばテーマになるのが「ことば」の扱いです。

今回の演奏曲の中でもひときわ凝っているのがカーゲルの《バベルへの塔》です。
人類が様々な言語を話す起源についての、旧約聖書のバベルの塔の物語を歌詞とし、その18ヶ国語のヴァージョンにそれぞれ異なるメロディーをつけるという、歌詞の内容と作曲法をリンクさせるというカーゲルらしいひねりが秀逸です。
それぞれのメロディーは言語によって雰囲気が異なるのは、言葉と同様、メロディーもさまざまな国の音楽に「翻訳」されるかのようです。基本的に同じ歌詞を使っているので、それぞれのメロディー全体の構造にも類縁関係がみられますが、そこから浮かび上がる各国語ヴァージョンごとの差異と、その言語、国に対して持っているであろうカーゲルの「偏見」が興味深いです。

さまざまな言語をならべたカーゲル作品のあとに続くのは、蛙語による草野心平の「ごびらっふの独白」です。蛙語の「原文」のあとにご丁寧に「日本語訳」がのっているのも心にくいですが、それがなければ、単なる無意味な音素の羅列にすぎないものを「詩」として成立させてしまったところに、この詩の革新性があります。
蛙の鳴き声にインスパイアされたであろう、その音の響きを、音楽として楽しんで頂ければ、と思います。

そして、こうした試みは同時期にヨーロッパで盛んに行われていた音響詩の試みともリンクします。前回に引き続き、今回もとりあげるシュヴィッターズは、この分野の第一人者ですが、前回演奏したUrsonateの陰に隠れがちな小規模な、しかし興味深い作品を2編演奏します。
Obervogelsangはそのタイトルから想像されるとおり、鳥の鳴き声を連想させますが、もちろんこれは草野心平の「蛙語」とリンクさせています。「The real disuda of nightmare」(disudaというのはシュヴィッターズの造語で意味不明、したがってこのタイトルも意味不明)は、タイトルが暗示する不気味な雰囲気を、様々な子音のつらなりで表現した音響詩、戦後の前衛的な声楽曲の領域にかなり接近した内容になっています。

前回の記事でも紹介したケージの「8 Whiskus」は、そもそも意味性の剥奪された抽象性の高いテキストをさらにケージが再構成したテキストを歌詞としていて、意味のある単語、意味のない音素の無意図的な混在物が不可思議な叙情を生み出す様が興味深いですが、そのケージへのオマージュであるジャクソン・マック・ロウの「ジョン・ケージ のための/による 音素の踊り」はJohn Cageの名前を音素に分解した「j, o, k, a」をランダムに並べ、詩として構成したものです。バラバラにされたケージの名前による音素のコラージュ感を強調するために、生演奏をリアルタイムに電子変調させる予定です。
来週に迫った私の無伴奏ライヴ「独声vol.2」のプログラミングに関して、何度かに分けて解説していきたいと思います。

今回は、プログラムの前半、後半のそれぞれの冒頭にグレゴリオ聖歌を置きました。
無伴奏の単旋律の声楽曲というと、音楽史的にはなんといってもグレゴリオ聖歌が重要ですが、その後、ポリフォニックな方向へと発展していった西洋クラシック音楽ではこのスタイルは、わずかな例外をのぞき顧みられることはありませんでした。

再び、このスタイルの作品が目立ってくるのは20世紀後半においてです。ケージ《アリア》、ベリオ《セクエンツァIII》など、無伴奏声楽独唱曲の名曲がこの時期多く見られるようになりましたが、その遠く時代をへだてた作品を並置してみよう、というのが今回のプログラムのひとつの柱となっています。

グレゴリオ聖歌は、本来独唱曲ではありませんが、楽譜に一切変更を加えず、独唱曲として演奏することが可能で、宗教的な文脈から切り離すことにより、そのメロディーの面白さを新しい形で提示できればと思います。

さらに、単旋律の無伴奏声楽曲、という以外の側面でもグレゴリオ聖歌と、他の現代声楽曲がリンクするように目論みました。

ケージの《8 Whiskus》は、旋法的なメロディーという側面でグレゴリオ聖歌とつながります。タイトルが暗示するとおり、俳句を思わせる8曲の短い旋律からなるこの作品は、エオリア旋法(=イ短調の自然短音階)の構成音のみで作られています。曲ごとにリズム要素を限定したり、沈黙の使い方にケージらしさが現れていますが、遠い昔のグレゴリオ聖歌とつなげて演奏しても、ほとんど違和感のない作品です。

今回のライヴのために書き下ろして頂いた石渡玲玲さんの《many winters》も、その旋法的な性格からグレゴリオ聖歌との近親性を感じます。ゆったりとしたメロディーとナンシー・ウッドの歌詞を語るように歌う部分が交代する作品、とくに後者の部分はグレゴリオ聖歌によく出てくる詩篇唱を思わせます。中心音とそれをとりまくいくつかの音がセクションごとに決められていますが、セクションごとにその音の選択が微妙に異なっていることで、シンプルな中に微妙な色合いの変化が表現されています。

以下、作曲者による解説です。

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たくさんの冬、
最初の雪が降ってきて
夏と過ごして疲れた大地をおおいつくした、
すべての時のはじまり以来、
たくさんの冬を私は生きてきた

 ナンシー・ウッドによるテキストは、彼女とアメリカ、ニューメキシコ州のインディアンとの交流からうまれたもので、彼等の死生観や宗教観が色濃く示されています。短いシアター・ピースのようなものとして2010年秋に作曲、このような機会を与えて下さった松平敬さんに感謝申し上げます。
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グレゴリオ聖歌は、一見単純なようでいて、様々なスタイルのものがあり、今回選んだ《スターバト・マーテル》と《テ・デウム》はそれぞれ構造が異なっています。
《スターバト・マーテル》は短いメロディーがA-A-B-B-C-C-...というように次々と新しいメロディーが表れていきます。それは、旋法の限られた音の組み合わせの中から出来る限りの多様性を引き出そうとするかのようです。
《テ・デウム》は、逆に数種類の特徴的なモチーフが何度も繰り返され、それが独特の高揚感を生み出します。比較的高い音域で展開されていたメロディーが、後半で突然低音域で演奏される厳かなメロディーに置換させられたり、と単旋律という単純な構造の中での工夫が心にくいです。

カーゲルの《バベルへの塔》は、旧約聖書を題材とし、旋法的なメロディーに基づいて作曲されている点でグレゴリオ聖歌との関連性がありますが、その旋法的構造はかなり自由な逸脱も許容し、得も言われぬ「いかがわしさ」が演出される結果となります。この作品に関しては、「言葉」の扱いも重要なポイントとなるのですが、それはまた次回に。
昨日iTunesから配信が開始されたタリスの40声モテットの音源、お陰さまで多くの皆さんにダウンロードして頂いているようです。
今朝から売れ行きをチェックしていると、はじめはクラシックのチャートが39位だったのがどんどん順位を上げていき、15位になり、

15i.jpg


フジ子・ヘミングも抜いて、ついに11位まで行きました。

10i.jpg

次は「小澤越え」と思っていたら勢いが落ちて、現在19位ですが、上位がかなりの割合で、名曲系のベスト盤ということを考えると、かなりがんばったのではないかと自負しています。

引き続き応援よろしくお願いします。

ちなみにクラシックの売上チャートはこちらで見られます。

さらに、ちなみに、18日のライヴのご予約も絶賛受付中です!
よろしくお願いします。

タリス・ジャケット.jpgのサムネール画像

タリスの40声のモテット「Spem in alium」を私一人で多重録音した音源が、本日iTunesより配信開始しました。

ご試聴、ご購入は以下のボタンをクリックして下さい。

タリス:40声のモテット (一人の歌手による多重録音) - 松平敬


MONO=POLIでは、最も声部数の多いもので16声だったのですが、今回はその2倍以上の40声を一人で録音。8分ほどの曲ですが、録音だけで恐ろしく時間がかかり、編集も気が遠くなるほどの作業をひたすら続けた労作です。

今回は、配信ならではの試みとして、40声の原曲の音源に加え、8群のコーラスからなるこの作品の各群のみを抜き出したトラックも、それぞれ配信しています。休止の部分もそのままにしていますので、無音の部分もやたらと多いのですが、複雑なこの作品の細部を楽しむ、というマニアックなことも可能となっています。

原理的には、ステレオ・スピーカを8組用意して、同時に再生してマルチ・チャンネルもどきなことも可能です。

なお、原曲の非圧縮の音源、および、40声それぞれの声部のバラ・トラックを、近日中に別の会社より配信予定ですので、こちらもお楽しみに。
(ちなみにCDとしての発売は未定です)
dokusho2.jpg

松平敬:独声(どくしょう) vol.2
2011年2月18日(金)19:00~ 
公園通りクラシックス

出演:
松平敬(声)

演奏予定曲目:

グレゴリオ聖歌:Stabat mater
John Cage: 8 Whiskus 
Mauricio Kagel: バベルへの塔
  英語、フランス語、スペイン語
  トルコ語、イタリア語、日本語
草野心平:ごびらっふの独白
Kurt Schwitters: Obervogelsang
Kurt Schwitters: The real disuda of the nightmare
Aribert Reimann: Entsorgt

グレゴリオ聖歌:Te Deum
石渡玲玲:many winters(委嘱初演)
山根明季子:水玉コレクションNo.02
Jackson Mac Low: Phoneme Dance for/from John Cage
山本哲也:perhpas vairation?(委嘱初演)
木下正道:石をつむ II(委嘱初演)

入場料:ご予約2500円、当日3000円

ご予約はgemini3@me.com(松平)まで。


昨年6月に行った無伴奏ライヴの第2弾です。
前回と比べると、今回はメロディック路線(?)かもしれません。

カーゲルの「バベルへの塔」は、旧約聖書のバベルの塔の下りにつけた18ヶ国語による18パターンのメロディーから演奏者が自由に組み合わせる作品で、カーゲルがそれぞれの言語、文化に対してどんなイメージ(偏見)をもっているかがメロディーに反映しているところが聴きどころです。
今回で3度目の演奏となりますが、前2回に演奏したヴァージョンから半数を入れ替えた形での演奏になります。

「ごびらっふの独白」は「蛙語」による詩ですが、ほぼ同時期に書かれたシュヴィッターズの音響詩と組み合わせてみました。

それぞれ全く傾向の異なる3曲の新作も、他のプログラムと何らかの要素がリンクするように構成をしてみました。多くの皆さまのご来場をお待ちしております。

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おしらせ

双子座三重奏団うるう日ライヴ
2012年2月29日19:00-
門仲天井ホール

双子座2012チラシtogo.jpg

中川俊郎:バッハーズ・アロウ
森田泰之進:こうふくのしま
鈴木治行:蛇行
山本哲也:スライドホイッスル三重奏曲
ケージ:ラジオ・ミュージック
ほか

出演:
曽我部清典(トランペット)
中川俊郎(ピアノ)
松平敬(声)

予約受付は終了しました。
こちらで生中継します。

■タリス:40声のモテット
(一人の歌手による多重録音)

ご試聴、ご購入は以下まで
iTunes
e-onkyo music
OTOTOY

■松平敬 1stアルバム
《MONO=POLI》

 マショーからケージまでの声楽アンサンブル作品を、多重録音によってすべて一人の声のみで演奏したアルバム。
 16声部のリゲティ《ルクス・エテルナ》も収録。

ENZO Recordings
EZCD-10006
平成22年度文化庁芸術祭
レコード部門優秀賞受賞作品

文化庁芸術祭シンボルマーク

プロモーション・ヴィデオ

ご購入は以下まで:
HMV ONLINE
TOWER RECORDS ONLINE
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