シュトックハウゼン《グルッペン》と、その空間性

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皆さんご存知のとおり、今年の夏、サントリー・ホールでシュトックハウゼンの《グルッペン》が演奏されました。

演奏困難なこの作品の生演奏を実現したサントリー音楽財団、N響など、関係者の皆さんの努力を讃えたい一方、今回の演奏の方法によって逆に、作品に対する誤解が生じてしまったように思うことが少なからずありますので、演奏会からかなり日がたっていますが、ここに記しておきたいと思います。

《グルッペン》は三群に分かれたオーケストラによる空間的な効果で有名ですが、そこばかりが強調されて、複雑なテンポ、リズム構造による音響の面白さまで踏み込んで聞かれないきらいがあります。しかし、今回はここにあえて踏み込まずに、《グルッペン》の空間性の側面のみに絞って説明したいと思います。

スコアの指定によると、三群のオーケストラは聴衆を取り囲むように、左、前方、右の3つのステージに配置されます。
ちなみに、左、右、というのはステージの左右ではなく、聴衆のまさに左右の位置を意味します。

そうすると、通常のコンサート・ホールでこれを実現するのは、かなり困難ですが、今年のサントリーホールでの企画は、客席をつぶして特設ステージを組み立てることで、この問題をクリアしました。

では、なぜ、通常のステージの上手、中央、下手の3箇所に配置するだけではいけないのでしょうか?(実際、作曲者の意図に反して、そのように演奏されてしまうことも少なくありません)
この方法では、三つのオーケストラが同時に異なるテンポで演奏するのが技術的に困難になる、という実際的な理由もありますが、シュトックハウゼンの考えた空間的な効果が、そこなわれてしまう、というのが最も大きな理由です。

シュトックハウゼンが考えたのは、ステージの中で左右に動く音響、つまり聴衆の前方での左右の音響移動(=ステレオ効果)ではなく、聴衆を取り囲むような形で左、前、右、と動く、より立体的な空間移動です。
この空間配置によって、三群の音響が明確に分離されますが、同一のステージに配置してしまうとその分離が不明瞭になり、効果が半減してしまいます。

3つの群が同時に演奏する場面は意外に少なく、テレビのチャンネルを切り替えるように、あるいはモグラたたきのモグラのように、音像が右、前、左、前、右...などというように瞬時に飛び回る効果によって、ほぼ全曲が構成されています。

そして、これを実現するには、聴衆の左右にもステージを設置することが絶対的に必要なのです。

今年のサントリーホールでの企画では、その難題を解決したかのように思われましたが、多くの聴衆は、P席、つまり、オーケストラに取り囲まれるのではなく、(作曲者の決して想定しなかった)俯瞰するような位置での音響が最善であったという感想を持っていたようです。

これはなぜでしょう?

結論から言うと、今回のセッティングには、まだまだ致命的な問題があったからです。

まず、左右に特設ステージを作る難題はクリアしたものの、通常のコンサートホールでそれをやったために、左右のオーケストラの距離がかなり近くなってしまいました。この時点で、3つのオーケストラを最適な音響バランスで聴くことは、もはや困難ですし、実は3つのオーケストラの配置(=音響)も、完全には分離されていないことになります。
これを解決するには、(実現は限りなく不可能ですが)サントリーホールの左右の壁をこわして、そこにステージを作る必要があったでしょう。

ここまでは、主催者が事前に公表していたイメージ図で容易に想像がついていましたが、私が実際に現場にいってさらに気がついたのが、ステージの(客席に対する)高さに関する問題です。

スコアには各ステージの高さは100cmと指定されていますが、今回、客席をつぶしてステージを作ったために、その高さは少なくとも150cmはあったように思います。この状態で客席に座るとオーケストラは完全に聴衆の頭上となるので、オーケストラに取り囲まれる状態で聴いた人は、オーケストラの音響を洞穴の中で聞いているような印象を持ち、作品の細部は聞き取れないことになりました。

したがって、今回のセッティングでは、作曲者の想定したベスト・ポジションで聴くと、あまり良い音響効果が得られず、作曲者が想定すらしなかった場所で聴くと、もっとも美しく聞こえる(しかし意図した空間移動の効果は全く再現されない)、という皮肉な結果に終わってしまった訳です。

P席で《グルッペン》を聴くことは、聴衆を取り囲むように配置されたスピーカーで、4チャンネルや8チャンネルの電子音楽を聴くときに、そのスピーカーの外側から聴くようなものです。俯瞰するような音響と、取り囲まれる音響の違いは決定的で、この空間性を犠牲にすることは、ピッチやリズムと同様の重要性を音響移動にも与えた、シュトックハウゼンのセリエルな思考を無視することに等しいのです。

そして、もう一つ誤解を与えてしまったのが、作品を2度演奏するにあたって、主催者がいろいろな席で聞くことを強く推奨したことです。
もちろん、異なる席で聞けば異なる音響体験が得られますが、シュトックハウゼンがねらったのは、そのような一種、不確定性ともつながる効果ではありません。

シュトックハウゼンが特にオーケストラ作品の上演で、同じ作品を2度演奏させる例は、《グルッペン》の他に《プンクテ》にも見られますが、この主な目的は以下の二つです。

ひとつは、ひとつの演奏会に対するオーケストラ奏者の負担を軽減させ、一曲にしぼることによってリハーサルを徹底的に行い、演奏の完成度を上げる(その推奨スケジュールもスコアに記載されています)、もうひとつは、複雑な音響の作品を2度聞かせることによって、聴衆が作品の細部まで聞き分ける機会を与える、というものです。

今回のように、どうぞ色々な席で聞いてください、と呼びかけることによって、多くの聴衆の興味が、作品の細部の構造をじっくりと聞き分けることではなく、座席による音響の違いだけを聴き比べることに向かってしまい、人によっては、それが、この作品の重要なコンセプトだ、と勘違いしてしまうことにもなってしまったのは残念でした。

シュトックハウゼンの近作、例えば《光》などが、まともに聴かれることもなく、つまらない作品だ、などと誤解されてしまうのは、仕方がないとしても、よりたちが悪いのが、《グルッペン》のような「古典」となってしまった作品でも、多くの誤解、無理解があり、そこが自覚すらされていない、ということです。

シュトックハウゼンというと、いまだに、枕詞のように「三羽烏」という言葉が空虚に飛び交い(50年前の恋人の噂をいまだにされているようなものです)、そこでのテーマであったセリエリズムの本質も完全に理解されないまま、「分かったふり」をされてしまうのが現状です。シェーンベルクの12音技法ですら、誤解、無理解がはびこっているくらいですから、シュトックハウゼンが正当に評価されるには、もっともっと時間が必要なのでしょう。

コメント(5)

そんな面白い曲があるんですね。
この曲を演奏するためのホール なんてものを作る酔狂な人がいたら ちょっとファンになってしまいそうですわ。

70年代には遊歩音楽会という試み死をしていますけれども、この作品は「少年の歌」で導入したセリー・パラメーターとしての音響発信位置を、アコースティックで導入するものだと思っていました。

でも、同時期にアレアトリーが実験されたりしているので、主催者の人はサラウンドシステム(違うんですが)を、場所を変えて楽しむ音楽だと思っていたのでしょうし、聴衆のほうもそこまで詳しく勉強してくるとも思えないので、仕方がないかもしれませんね。

初演時の写真は、巨大ガレージのような場所で演奏していましたね。でも、音質面ではどうなのかなとも思いますし、難しい問題だと思います。

そういえば、サイモン・ラトルがガレージでブラームス1番を演奏しているソースを持っていますので、あながち無理ではないのかも

夏のサントリーの折は、1回目13オケの真ん中、2回目は2階正面の前列で聴きました.特に1回目は、左右オケの音が強いわりには、奏者を背面から聴くのでクリアに聞こえず、なおかつ2オケの音が遠すぎる事が気になったものでした(この点は、ご指摘の通りのことを実感しました).確か、13オケの袖には反響板が設置されていたはずですが、あれだけ高低差があると無力でしたね.2階の方が多少バランス良かったと思います.

一方で、コンサートホールでの空間認識は、直接音の来る方向よりは音源位置による反響音の分布変化に伴って生じると感じているので、シュトックハウゼンの意図した通りとは異なるでしょうが、「現実的妥協」としては三つのオケを正面左右に見る位置で聴かなくても良いかなと思っています.

Cité de la musiqueでは縦長のホールの右を「正面」にして前後に13オケで演奏していましたが、実際に聴くとアコースティクがどうだったのかは気になります.

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