2009年12月アーカイブ

皆さんご存知のとおり、今年の夏、サントリー・ホールでシュトックハウゼンの《グルッペン》が演奏されました。

演奏困難なこの作品の生演奏を実現したサントリー音楽財団、N響など、関係者の皆さんの努力を讃えたい一方、今回の演奏の方法によって逆に、作品に対する誤解が生じてしまったように思うことが少なからずありますので、演奏会からかなり日がたっていますが、ここに記しておきたいと思います。

《グルッペン》は三群に分かれたオーケストラによる空間的な効果で有名ですが、そこばかりが強調されて、複雑なテンポ、リズム構造による音響の面白さまで踏み込んで聞かれないきらいがあります。しかし、今回はここにあえて踏み込まずに、《グルッペン》の空間性の側面のみに絞って説明したいと思います。

スコアの指定によると、三群のオーケストラは聴衆を取り囲むように、左、前方、右の3つのステージに配置されます。
ちなみに、左、右、というのはステージの左右ではなく、聴衆のまさに左右の位置を意味します。

そうすると、通常のコンサート・ホールでこれを実現するのは、かなり困難ですが、今年のサントリーホールでの企画は、客席をつぶして特設ステージを組み立てることで、この問題をクリアしました。

では、なぜ、通常のステージの上手、中央、下手の3箇所に配置するだけではいけないのでしょうか?(実際、作曲者の意図に反して、そのように演奏されてしまうことも少なくありません)
この方法では、三つのオーケストラが同時に異なるテンポで演奏するのが技術的に困難になる、という実際的な理由もありますが、シュトックハウゼンの考えた空間的な効果が、そこなわれてしまう、というのが最も大きな理由です。

シュトックハウゼンが考えたのは、ステージの中で左右に動く音響、つまり聴衆の前方での左右の音響移動(=ステレオ効果)ではなく、聴衆を取り囲むような形で左、前、右、と動く、より立体的な空間移動です。
この空間配置によって、三群の音響が明確に分離されますが、同一のステージに配置してしまうとその分離が不明瞭になり、効果が半減してしまいます。

3つの群が同時に演奏する場面は意外に少なく、テレビのチャンネルを切り替えるように、あるいはモグラたたきのモグラのように、音像が右、前、左、前、右...などというように瞬時に飛び回る効果によって、ほぼ全曲が構成されています。

そして、これを実現するには、聴衆の左右にもステージを設置することが絶対的に必要なのです。

今年のサントリーホールでの企画では、その難題を解決したかのように思われましたが、多くの聴衆は、P席、つまり、オーケストラに取り囲まれるのではなく、(作曲者の決して想定しなかった)俯瞰するような位置での音響が最善であったという感想を持っていたようです。

これはなぜでしょう?

結論から言うと、今回のセッティングには、まだまだ致命的な問題があったからです。

まず、左右に特設ステージを作る難題はクリアしたものの、通常のコンサートホールでそれをやったために、左右のオーケストラの距離がかなり近くなってしまいました。この時点で、3つのオーケストラを最適な音響バランスで聴くことは、もはや困難ですし、実は3つのオーケストラの配置(=音響)も、完全には分離されていないことになります。
これを解決するには、(実現は限りなく不可能ですが)サントリーホールの左右の壁をこわして、そこにステージを作る必要があったでしょう。

ここまでは、主催者が事前に公表していたイメージ図で容易に想像がついていましたが、私が実際に現場にいってさらに気がついたのが、ステージの(客席に対する)高さに関する問題です。

スコアには各ステージの高さは100cmと指定されていますが、今回、客席をつぶしてステージを作ったために、その高さは少なくとも150cmはあったように思います。この状態で客席に座るとオーケストラは完全に聴衆の頭上となるので、オーケストラに取り囲まれる状態で聴いた人は、オーケストラの音響を洞穴の中で聞いているような印象を持ち、作品の細部は聞き取れないことになりました。

したがって、今回のセッティングでは、作曲者の想定したベスト・ポジションで聴くと、あまり良い音響効果が得られず、作曲者が想定すらしなかった場所で聴くと、もっとも美しく聞こえる(しかし意図した空間移動の効果は全く再現されない)、という皮肉な結果に終わってしまった訳です。

P席で《グルッペン》を聴くことは、聴衆を取り囲むように配置されたスピーカーで、4チャンネルや8チャンネルの電子音楽を聴くときに、そのスピーカーの外側から聴くようなものです。俯瞰するような音響と、取り囲まれる音響の違いは決定的で、この空間性を犠牲にすることは、ピッチやリズムと同様の重要性を音響移動にも与えた、シュトックハウゼンのセリエルな思考を無視することに等しいのです。

そして、もう一つ誤解を与えてしまったのが、作品を2度演奏するにあたって、主催者がいろいろな席で聞くことを強く推奨したことです。
もちろん、異なる席で聞けば異なる音響体験が得られますが、シュトックハウゼンがねらったのは、そのような一種、不確定性ともつながる効果ではありません。

シュトックハウゼンが特にオーケストラ作品の上演で、同じ作品を2度演奏させる例は、《グルッペン》の他に《プンクテ》にも見られますが、この主な目的は以下の二つです。

ひとつは、ひとつの演奏会に対するオーケストラ奏者の負担を軽減させ、一曲にしぼることによってリハーサルを徹底的に行い、演奏の完成度を上げる(その推奨スケジュールもスコアに記載されています)、もうひとつは、複雑な音響の作品を2度聞かせることによって、聴衆が作品の細部まで聞き分ける機会を与える、というものです。

今回のように、どうぞ色々な席で聞いてください、と呼びかけることによって、多くの聴衆の興味が、作品の細部の構造をじっくりと聞き分けることではなく、座席による音響の違いだけを聴き比べることに向かってしまい、人によっては、それが、この作品の重要なコンセプトだ、と勘違いしてしまうことにもなってしまったのは残念でした。

シュトックハウゼンの近作、例えば《光》などが、まともに聴かれることもなく、つまらない作品だ、などと誤解されてしまうのは、仕方がないとしても、よりたちが悪いのが、《グルッペン》のような「古典」となってしまった作品でも、多くの誤解、無理解があり、そこが自覚すらされていない、ということです。

シュトックハウゼンというと、いまだに、枕詞のように「三羽烏」という言葉が空虚に飛び交い(50年前の恋人の噂をいまだにされているようなものです)、そこでのテーマであったセリエリズムの本質も完全に理解されないまま、「分かったふり」をされてしまうのが現状です。シェーンベルクの12音技法ですら、誤解、無理解がはびこっているくらいですから、シュトックハウゼンが正当に評価されるには、もっともっと時間が必要なのでしょう。
微分音演奏システム.jpg


先日紹介したフォルマント兄弟にインスパイアされて、伝統的なキーボード演奏のみで微分音をリアルタイムで演奏(ただしモノフォニックのみ)するためのシステムをMax/MSPでプログラミングしてみました。

原理は非常に簡単で、和音として演奏した鍵盤の丁度中間のピッチが演奏されるというものです。したがって、短2度音程による和音を弾くと、その中間の4分音が演奏されるということになります。

全く同じ原理で、3音による和音で6分音(半音の3分割)、4音和音で8分音(半音の4分割)が演奏可能です。
金管楽器や弦楽器のように、異なる「運指」で同じピッチを演奏することも可能ですが、演奏のしやすさなども考慮して、4分音、6分音、8分音、10分音の「運指法」を考えてみました(当然ながら、ここから3分音、5分音の運指は容易に導けます。両手の10本の指を総動員すれば、20分音(!)まで演奏可能です)。
当然、4分音から6分音に突然移行、などというのも、和音の構成音を変えることのみで可能ですので、かなり複雑な微分音によるメロディーを比較的簡単に演奏ができます。

以下、この音階のサンプル音源です。
プログラミングがまだ完璧でないので、微妙な音のしゃくりはご容赦ください。

ここまできて、半音階を聴いてみると、半音がとてつもなく広く感じられるでしょう。
本日は、東大駒場キャンパスへフォルマント兄弟(三輪眞弘+左近田展康)の作品のレクチャーも伴った演奏会を聴きに行きました。
(他にシンポジウムなどもありましたが、諸事情により欠席)

はじめに演奏したのは《フレディーの墓/インターナショナル》。クイーンのヴォーカリスト、フレディー・マーキュリーに有名な《インターナショナル》を日本語で歌わせる、というコンセプトですが、この彼の声はサンプリングのような編集によらない、完全な電子音響というところがポイントです。彼の声色を完全に分析し、ピッチや母音の変化をさらに電子的にコントロール可能にしているのですが、例えば「初音ミク」のようなものとは決定的に違っているのが、リアルタイムで演奏可能、ということです。

このテクノロジーによって、カラオケにあわせて、ステージ上のひとりのキーボード奏者(岡野勇仁)が、リアルタイムで、「フレディー・マーキュリーの声で」インターナショナルを「日本語で」歌うという芸当を行う、というのが可能になっています。

「兄弟」は、一瞬でも、フレディー・マーキュリーの声だな、と認識したなら、(実体が存在しないにも関わらず)彼が実際にインターナショナルを日本語で歌った、という事実が存在するのだ、と主張します。

この作品のPVはこちら(↓)から見られます(映像になってしまうと、この効果が半減するのが残念ですが)。


この演奏に引き続いて、兄弟による、この作品に使われたテクノロジーの詳細な解説が続きました。

はじめの問題は、いかにリアルタイムで言葉を話させるか、という点です。
1オクターヴの鍵盤の黒鍵を5つの母音、k,s,t,n,h,m,rといった子音を7つの白鍵に割り当て、黒鍵と白鍵を同時に弾くことによって、ひとつの音素を演奏可能にしています。
濁音やy,wなどの半母音も補助的な鍵盤を同時に弾くことによって発音可能にしていますが、ポイントは、すべての日本語の音素が「片手」で「演奏」できる、ということです。
このことによって、キーボードの低音域(左手)を発音、高音域(右手)をピッチに割り当てることによって、リアルタイムで、任意のピッチで任意の音素を話す、あるいは歌うことが可能になります。
この発音システムの詳細はこちら、このシステムを用いて「インターナショナル」を歌わせるための楽譜はこちらをご覧下さい。

次の問題が、ピッチです。声の微妙なゆらぎや、非西洋音楽にも対応するために微分音程を通常のキーボードでそれほどの困難を感じさせずに演奏するシステムを考えました。純正5度を含む17平均律を使い、例えば隣り合ったCとC#の鍵盤を同時に演奏すると、その中間の音程が演奏可能になるようなプログラミングを施し、さらに微妙な音程を出したければ、同時に弾く鍵盤の音程を変えるとか、3音同時に弾くなどの技を実演もしていました。これはおそらく、演奏された鍵盤のからそれぞれの周波数を割り出し、その平均の周波数が出力される仕組みになっていると予想されます。
声は和音が出せませんから、出せない和音をゆらぎに使う、というのはうまい発想だと思いました。Cの音を伸ばし続けて、Dの鍵盤をトレモロの様に演奏すれば、ヴィブラート風になりますし、同様のテクニックで「こぶし」のようなことも可能になります。

このようにして、こうした発音、微分音の細かいニュアンスを伝統的な鍵盤のみで可能にしたわけですが、これは、そうした効果を完全に記譜しておけば、リアルタイムで、リアルな歌声が実演可能となる、ということを意味します。
(しかも、その楽譜は、多少細かい音価を含むものの、伝統的な五線譜です。楽譜と出てくる音が一致しないのはプリペアド・ピアノと同じですが)

そしてこの技術を駆使したのが、本日披露された新曲《都々逸》です。
三味線奏者(田中悠美子)と歌(岡野勇仁)の二人のための作品ですが、当然この歌のパートはキーボードによって演奏される電子音響で、見事なこぶしを加えて演奏されます。
三味線を弾くお師匠さんが「発音が悪いわね」とか「こぶしが下手ねぇ」などとたしなめる小芝居がなかなか洒落ていました。

最後に、レクチャーの中でも上映した、 "Ordering a Pizza de Brothers!"の動画を紹介します。これは、ピザ屋に電話をかけて、リアルタイムに演奏される電子音響の声がピザを注文する、というものですが、これをパフォーマンスとして、観客の前で上演する、そして、ピザ屋の人は、普通の人間が注文していると、思い込んでいるのがポイントです。


歌い手としては、非常に複雑な心境でしたが、この電子音響による架空の歌手との二重唱も楽しいのではないか、などと妄想もしました。

小学生くらいの頃は、「年末になると第九が演奏されて」という話を聞いて、本気に「大工」のことだと思っていました(汗)。
100人の金槌奏者による「大工交響曲」をリアリゼーションしてみるとどうなるか、と半分本気に妄想してしまう私が、明日はベートーヴェンの第九交響曲のバリトン・ソロを歌います。

第4楽章のみ、ピアノ連弾による演奏ですが、入場無料(のはず)ですので、お近くにお立ち寄りの際はお気軽にどうぞ。
新宿三井ビルで愛好家の方向けに開催していた「第九を歌おう!」の発表会です.


2009第九を歌おう!発表会 

2009年12月18日(金)18:45〜
新宿三井ビルディング・ロビー階南側
(18時からは同会場で別の歌手によるXmasコンサートがあります)

曲目:
ベートーヴェン:交響曲第9番第4楽章

指揮:時任康文
ソプラノ:宮部小牧 アルト:荒牧小百合 テノール:安保克則 バリトン:松平敬
ピアノ:真島圭、松浦朋子
合唱:「第九を歌おう!」受講生


バナー
だんだんとCDの購入枚数が減り、iTunesやナクソスのストリーミングの利用頻度が増えていっていますが、今年購入した以下の3つのCDボックスは良い買い物でした。

1. ビートルズ、全アルバムのリマスター盤(ステレオ盤)

ジャズやロックの古典的名盤は何度も何度もリマスターされ、その都度買い換える、というレコード会社の策略にはまりまくりの記憶が痛々しいですが、ビートルズのアルバムだけは、初CD化から20年間ずっと同じマスターが売られ続けていたのは、ある意味驚異的でした。
このマスターも当時の技術水準から考えるとそれなりの良い仕事だったと思うのですが、特に中低音域のペラペラした感じはずっと気になっていたので、今回のリマスターは朗報でした。


2. クラフトヴェルク(初期作をのぞく)全アルバムのリマスター盤(ドイツ語盤)

テクノポップですから、やはりリズムセクションやアナログ・シンセの音の太さが足りないと物足りません。今回のリマスターではそこが改善されていたのと、LPサイズの巨大なブックレットのキッチュ感が嬉しかったです.


3. ハイドン交響曲全集(デニス・ラッセル・デイヴィス指揮)

ハイドンの作曲した104曲(+α)の交響曲を収めたボックスセットです。
37枚組にしてたったの6500円という破格値ですが、演奏は値段と反比例してなかなかの好演です。弦楽器のヴィブラートは控えめの古楽的アプローチで、アンサンブルもすっきりとしています。中庸な表情付けで、もっとコントラストが欲しいところもなくもありませんが、そのおかげで、「演奏」ではなく「作品」が聞こえてきます。

現在、仕事の移動時間などを利用して全曲聴取に挑んでいます。
始めから聞くと、途中で挫折しそうなので、あえて中期のものから開始しています。



今まで素朴な佇まいだったシュトックハウゼンの墓石が、1997年に作成していた詳細なスケッチに従って、ついに完成しました。
下のリンクに写真もあります。
http://www.stockhausen.org/stockhausen_monument.html

初期ヴァージョンとは一転して、かなり大仰な感じ(笑)になっています。
もう明日で没後2年になるのですね。早いものです。
かなり前に作曲されながら未初演であったシュトックハウゼンの遺作《STRAHLEN 光線》(打楽器奏者と10トラックテープのために)が12月4日にカールスルーエでようやく初演されます。

この作品は《光の日曜日》の最終場面《HOCH-ZEITEN 至高=時(結婚)》の別ヴァージョンといえる作品で、合唱版とオケ版が2つの異なるホールで同時に演奏される原曲が、ヴィブラフォンと10トラックのテープに収められたヴィブラフォンの音源のためにアレンジされた作品です(ちなみに5台のシンセサイザーによる電子音楽版は《日曜日の別れ》となり、1台のシンセサイザー奏者とテープによる版は未初演の《ピアノ曲IXX》になります)。

全曲がグリッサンドだらけのこの作品をヴィブラフォンでどう演奏するのかが問題になりますが、少なくともテープに収められた部分は電子的なテクノロジーを駆使して、その神業を可能にしています(もちろん現時点では、私は詳細は分かりません)。

まだ未初演にもかかわらず、この作品の抜粋2箇所(各40秒)がシュトックハウゼンの公式ウェブサイトで視聴可能となっていますので、このヴィブラフォンのグリッサンドがどのようなものかどうぞお聞き下さい。

演奏を担当するのは、Laszlo Hudacsek、彼はキュルテンの講習会に何度か参加していましたが、5年くらい前に、この作品のリアリゼーションを試みているけれども、御大がその結果に納得してくれなくて困っている、というようなことをぼやいていたのを思い出しました。
初演にこぎつけるまで5年以上、キュルテンの講習会での受講生コンサートで《祈り》を演奏するために10年近くかかった受講生もいますし、シュトックハウゼン作品を良い状態で演奏するには長い時間と忍耐が必要なのだな、ということを改めて痛感しました。

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おしらせ

■松平敬 1stアルバム
《MONO=POLI》


 マショーからケージまでの声楽アンサンブル作品を、多重録音によってすべて一人の声のみで演奏したアルバム。
 16声部のリゲティ《ルクス・エテルナ》も収録。

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松平敬 - モノ=ポリ・ひとりの声のための交響曲

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