昨日は、いずみシンフォニエッタによって日本初演の行われたシュトックハウゼンの遺作《ティアクライス》オーケストラ版を聴きに大阪まで行ってきました。
いずみホールの最寄り駅を降りると、駅周辺に「チケット買います」という紙をもってたっている若い女性がたくさんいて、シュトックハウゼンもこんなにポピュラーになったのか!と思ったら、近くの大坂城ホールで行われていた東方神起のファンでした(汗
今回はこの作品のプログラム・ノートを書いていたこともあり、ほとんど日本では知られていないシュトックハウゼンの晩年の作品がどのように演奏され、どのように聴衆に受け入れられるのか、とても不安でしたが、結果から言えば、極上とは言えないまでも、良心的な演奏によって作品のよさが聴衆に伝わったように感じました。私の解説文も作品理解にそれなりに役立っていたとしたら光栄です。
それはともかく、この未知の作品を思いきって取り上げて下さったいずみシンフォニエッタの意欲に、まずは拍手を送りたいです。
解説文を書くにあたってスコアを入念に研究しましたし、作曲者遺族の監修による演奏2種(放送音源)も何度も聴いて作品の事は知り尽くしていたので、演奏の細部でうまくいった場所も、うまくいかなかった場所も手に取るように分かりましたが、少なくとも作品のフォルムはかなりクリアーに再現され、様々な演奏指示(楽器配置など)もほぼスコア通りに再現されていました。
チラシを見た時に前半5曲と後半5曲が、プログラムの冒頭と最後に分かれて演奏されるように書いてあったのですが、これはおかしいと思い、いずみシンフォニエッタのプログラム・アドヴァイザーでもある川島素晴氏にも相談しつつ、最終的に、作曲者が意図したとおりの10曲とおして演奏する曲順に変更してもらいました。
そしてやはり、つなげて演奏する事により、作品としてのまとまりが感じられたと思います。
ちなみにこの日はNHKの収録が入っていました。8月上旬にNHK-FMで放送予定だそうです。
以下は、基本的に素晴らしい演奏だったことを前提としての、私なりの「かなり」細かい感想を、備忘録替わりに記しておきます。
演奏する側にとって大きな問題だったのが楽器配置でしょう。
高音楽器が上手側、低音楽器が下手側、そして管楽器が前方、弦楽器が後方の平台の上という、すべてにおいて通常の反対の配置が、(普段と異なる環境では演奏しずらいと思われるので)きちんと指定通り再現されるのかどうか不安でしたが、ほぼ指定通りでした。
指揮者のまわりに演奏者が集まるのでなく、ひな人形さながら、全員が前を向いて演奏するのは、意図したオーケストレーションの効果が明瞭に聴こえるために必要だったのです。
ただ私の記憶では、前列下手は打楽器=トランペット=ハープとなるはずだったのが、ハープとトランペットが入れ替わって、トランペットとトロンボーンが隣り合ってしまう一般的な配置に変更されていたように思います。
そこはともかく、若干手間もかかるこの演奏指示を忠実に守ってもらったのは良かったと思います。
(休憩中に配置の大転換が行われていました)
スコアには「できればハープは増幅されること」や「大きなホールではオーケストラ全体も増幅されること」という指定があり、今回はその指示は適用されていませんでしたが、シュトックハウゼンがそうした指示をしたことも逆に今回の上演を聴いて納得できました。
つまり、ハープの音色は他の楽器にマスクされがちだったり音の粒立ちが不明瞭になりがちだったりし、オーケストラ全体の細部のテクスチュアはホールの残響(特にいずみホールはかなり残響があります)によって明晰さを欠いてしまう、ということです。
この作品を演奏する上でもっとも気をつかうのは、楽器間の音量のバランスでしょう。部分的には伴奏声部や対旋律が主旋律にかぶってしまったり、金管楽器の音が他の楽器を圧倒する瞬間があったりと若干の問題もありましたが、全般的には、一見伝統的にみえて、実はものすごく「変な」オーケストレーションの面白さを再現できていたと思います。フレーズの終わりをディミヌエンドせず、スタッカートの指示のある場所以外はテヌートで演奏する、というシュトックハウゼン流の歌い回しも徹底され、メロディーのフォルムがきちんと聴こえました。
スコアにも「とても重要」と注記されているテンポの半音階は、概して正確に演奏されていましたが、指揮の飯森範親氏のテンションが妙に上がったせいなのか、冒頭の「おとめ座」はやや早く、最後の「双子座」はかなり早く演奏されていたのは惜しまれます。
通常の作品なら、この程度のテンポの揺れは十分許容範囲ですが、テンポの違いが、さまざまなバランスに影響するシュトックハウゼン作品では、これでもかなりの違和感を生じさせてしまうのです。
「おとめ座」の中には、リタルダンドやアッチェレランドを繰り返す場所がありますが、シュトックハウゼンにとってはリタルダンドは半分のテンポまで減速する事を意味します(スコアにも注記有り)。これは通常の感覚だとかなり極端な変化なのですが、この日の演奏では、そのコントラストが十分には再現されていませんでした。
「水瓶座」では3つのチェロがそれぞれのペースでどんどんアッチェレランドしていくように作曲されていますが、冒頭の極端に遅いテンポが徹底されていなかったこともあり、3人のずれがあまり効果的に出ていませんでした。
アッチェレランドの到達点には、フルートの短い走句があり「速すぎず」と指示されているのに速すぎたり、というトラブルもありましたが、シュトックハウゼンも、「ありがちな」演奏の傾向を見通してこうした指示を書いていたというのが逆にこうしたところから読み取れます。
「魚座」「牡羊座」はどちらも、テクスチュアがかなり入り組んでいて演奏も簡単ではないはずですが、かなり健闘していたとは思います。「魚座」ではさりげなく記譜されているアクセントや音量の変化などにもっとコントラストがつけばより明晰になったと思いますし、「牡羊座」では演奏がもっとこなれれば、入り組んだテクスチュアがもっとクリアーに聴こえただろうとは感じます。
「おうし座」ではとつぜんテューバ奏者が「乱入」し、華麗なソロ・パートを繰り広げる「おいしい」部分ですが、この部分の演奏指示が一部守られていなかったのは残念です。
楽譜の指示ではテューバ奏者は客席から見て左手後方から入場し客席内を練り歩きながら、舞台上手まで移動する指示があるのですが、今回は何故か舞台の下手袖からの登場でした。
シュトックハウゼンの意図としては、予期しない音が突如客席後方から演奏される演劇的な効果と、それが前方に動いていく音響の空間移動を狙っていたはずなのですが、下手袖から登場する事により、特に冒頭の吹き始めの緊張感が著しく欠けてしまったのが残念です。
ソリストの演奏はかなりがんばっていたとは思いますが、この超絶技巧的なソロ・パートの演奏は相当に大変だったのだろうな、というのは実演をみてありありと実感しました。
最後には「笑顔でおじぎをする」という指示がありますが、このソリストの人なつっこいキャラクターで客席からは自然に拍手がわきあがり、その直後、オーケストラによる拍手を模した音響が続く流れも、うまくいっていました。
(もし、ここで拍手が起きなかったら相当にお寒いことになってしまいます。。。)
個人的には、演劇的な面も含め、先週末にも共演した橋本晋哉氏の演奏で聴きたかったですね。
この作品のスコアで特徴的なのが、全部で10のメロディーからなるこの作品の、各曲の間の沈黙の部分に「○○秒間、動かないこと」という指示があることです。
これはつまり、通常の「小品集」のように曲間で奏者が譜めくりしたりすることによって、客席、舞台上ともに音楽の緊張感が途切れてしまう事を回避する目的からこのような指示があるのですが、うまく事前にめくって曲間では指揮者も手を上げたまま静止させることにより、完全な沈黙が作り出され、音楽の流れがとぎれることはありませんでした(厳密にいえば、少し「ゆるんでしまった」場所も何ヶ所かはありましたが)。
短いメロディーによる組曲ではなく、ひとつながりの大きな作品である、というコンセプトがこの指示を守る事によって明確になるので、この意図をきちんと汲んでもらえたのは良かったと思います。
かなり冗長な感想になってしまいましたが、あらためてこのような貴重な企画を実現して下さったいずみシンフォニエッタの皆さんのご尽力を讚えたいと思います。
そして、この作品が日本国内で再演を重ねられれば、と願います。



レポートありがとうございます。
NHKFMで放送予定とのこと、しっかりエアチェックして聴かせていただきます。(「現代の音楽」の時間かな???)
カティンカからの便りでは、本作のレコーディングは終えていて、来年あたりリリースとのことですので、併せて楽しみなことです。
NHKの放送、たしか「現代の音楽」だったと記憶しています。
新しいレコーディングの発売も楽しみですね。
それにしても、亡くなってもまだまだ未発表の作品が残っているというのはすごいことです。
昨日はお久しぶりでした。
「ティアクライス」の演奏、最初のうちはテンポや楽器バランス、節回しがあやしくて「大丈夫かな?」と思っていましたが、段々そんなことも忘れて聴き入っていました。聴衆の反応もよく、何人かの知り合いも楽曲に感銘を受けていました。このオーケストラ版については何の知識もなくあえて解説も読まずに聴いたのですが、今あたらめて解説と記事を読ませていただいてよくわかりました。聴きながら頭の中で「たぶん本当はこうかな」と思っていた部分も確認できて助かりました。曲順変更にもこんな背景があったのですね。続けて演奏できて良かったです。いろいろありがとうございました。
川井さん>
こちらこそ久しぶりにお会いできてうれしかったです。
たしかに、いきなり冒頭の弦楽器のピッチが微妙にずれていたりして少し心配になりましたが、あの独特の薄いオーケストレーションは、ちょっとしたずれでもものすごく目立ってしまう、という面もあるかと思います。
今回のプログラミングを考えると、奏者に取って、限られた回数でまとめるにはかなり大変だったのではないかと推察しますが、その条件下ではよくやっていたとは思います。
理想的には、この曲1曲だけで2度演奏する、というプログラミングがベストなのだと思います。