昨日、サントリー・ホールへこの大作全曲(休憩込みで2時間)が演奏されるということで、聴きにいきました。
ヴィオラの演奏する倍音列からとった旋律が、最後に大オーケストラの響きへとゆっくり拡大していく効果は、聴覚的にも視覚的にも生演奏で体験しないと分かりません。
単一の音響に含まれる微細な倍音の構造をオーケストレーションするような音楽なので、楽器間の音量バランス、微分音、金管のミュートの処理など、演奏に際して相当に細やかな配慮が必要ですが、昨夜演奏を担当した東フィルは大健闘だったと思います。なんといっても指揮のピエール=アンドレ・ヴァラドが作品を熟知し、鋭敏な耳で的確にリハーサルを進めていったのが大きいのでしょう。
グリゼー門下の夏田氏の曲目解説も秀逸です。
この種の解説は読んで後悔する内容のものが多いだけに、作品をきちんと把握した上で書かれたこのような文章は貴重です(というか、本来そうでなくてはなりません)。
フランス料理のような微細な音色を持つオーケストレーションの印象を言葉で表すのは難しいですが、液状化した音響が固形物に変化したり、リゲティ風のミクロ・ポリフォニー的な音塊が単一の音響へと収束していったり、音響の空間移動にも一定の配慮があったり、など音色マニアにはたまらない音響実験が満載でした。
気息音風のノイズを多用したラッヘンマンが「子音の音楽」ならば、倍音変化をオーケストレーションしたグリゼーは「母音の音楽」と呼べば良いのでしょうか。ドイツ語とフランス語の言語の特徴が影響しているのか、などと考えたりもしました。
特に後半は大オーケストラを使って、「あ〜う〜い〜」などと言葉を話させているような印象を受けましたが、ホーミーをオーケストレーションするとこんな感じか、などと妄想してみたり。
---
プログラム冒頭に、来年シュトックハウゼン《グルッペン》をやる、と書かれていましたが、昨日サントリー・ホールの舞台をみて、ますます疑心暗鬼になりました。
聴衆の左、正面、右に完全に分離された3群のオーケストラを配置するためには一階席のかなりのスペースをつぶして仮ステージを作らなくては、無理ですし、サントリー・ホールの客席の構造を見ると、それもかなり無理があります。
ステージ上に3つのオケを配置する、という作曲者が忌み嫌う最悪な方法を考えているのだと思いますが、そこに目をつむったとしても、ステージ上にぎゅうぎゅうに奏者が詰め込まれる状態になり、良い演奏は期待できないでしょう。
《グルッペン》の音楽の面白さの主眼の一つは音響の空間移動です。
いつもはステレオで聴く《少年の歌》の音響が、4チャンネルで前後左右に移動するのを期待して、コンサートに行ったらステージ上にスピーカーが4つ並んでいたらがっかりすると思います。
《グルッペン》オーケストラの音響が、左右、正面に動き回るのを期待してコンサートに言ったら正面で左右にこそこそ動いているだけで、しかもオーケストラが密集しているのでその効果すら怪しい、ということになりかねません。
同時期のもので同じくらいの演奏の難易度(=リハーサル回数=予算)だと、名作《プンクテ》があるのに、なぜそれを演奏しないのでしょうか?



グルッペンのCDは、当ショップでも毎月誰か彼かが買っているという定番ですし、実際に名前だけは誰でも知っている(?)名曲なので、集客は良いのでしょうけどね。
でも、ステージに3群のオケ密集じゃ、この曲を実演で聴く意味があまりなさそうに思います。
「CDで聴いていたほうがよかった」とかいう感想が出たら、かなりがっかりしますね。
かなり以前(キュルテン未体験の時)、《コンタクテ》(ピアノ、打楽器付の版)を生演奏で聴けるということで、興奮気味にでかけたのですが、あまり機材にお金をかけなかったのか、電子音楽の音質があまりにひどくCD(コンタルスキー&カスケル版)を家で聴いていた方がはるかに音が良いと思いがっかりしたものです。
その後、キュルテンで御大のサウンド・プロジェクションで同じ曲を聴き、楽器と電子音楽の音色の絡み合いの絶妙さに驚いたことも強烈に覚えています。
昨日は残念ながら《音響空間》には行けなかったのですが、それはともかく、《グルッペン》を取り上げるならばせめて十分な練習時間だけは確保してほしいと願っています.今年はベルリン・フィルでも演奏しますが、(フィルハーモニーではなく)テンペルホーフ空港のバカでかい格納庫を会場に用いることになっていて、この点ではラトルは頭が良いですね.
ラトルがイギリスで同曲を振った映像がありますが、たしか巨大な体育館のようなところで演奏していましたね。
ケルンでの初演もフィルハーモニーではなくメッセの会場でした。
日本だとどこでできるでしょう?
某国営放送局のオーケストラが《グルッペン》を日本初演したときは、この放送局が持っているホールのステージに、3つのオケを配置していました。プログラムによると「このホールのステージは広いので、作曲者が意図した音の移動も充分感じ取れるはずだ」とかなんとか・・・確かにステージは年末の歌合戦用に作ったので広いです。(;-_-;)
指揮は、当時の正指揮者さんと研究員のお二人。正指揮者さんは海外で活躍中なので、指揮者の練習は当日舞台に乗らなかったもう一人の研究員さんが代役。本番直前に正指揮者さんが登場し「和気あいあい」と練習が進んだそうです。
日本では体育移管は「体育目的のために作ったのだから、それ以外の目的の使用を認めない」ことが多いです。確かに、床は特殊な塗装をしているから、傷つけたら大変ですからね。
「グルッペン」の指揮はテンポの半音階の把握、3人の指揮者のポリ・テンポの同期など、難しい課題がいっぱいなのですけどね。。
ブーレーズやエトヴェシュでもそれなりに苦労するようです。
シュトックハウゼン自身もテンポの半音階をマスターするために、指揮者稽古の1ヶ月前くらいからメトロノーム片手に毎日練習したと、なにかのインタビューで本人が話していました。