2006年8月アーカイブ

シュトックハウゼンが1966年に来日し、NHK電子音楽スタジオで「テレムジーク」を制作するために佐藤茂氏と組み上げた音色変調回路「GAGKUネットワーク」の回路図がCD「音の始原を求めて3」のブックレットにのっていたので、それを元にMax/MSPで同じ仕組みのパッチを作ってみました(上図、クリックすると拡大します)。

2つのリング変調器と3つのフィルターを組み合わせた簡単な回路ですけど、音色変調の効果は絶大です。
オリジナルの回路にはない音声ファイルの(逆回転も含めて)再生スピードを変化させる機能を加えてみましたが、これだけで「なんちゃって60年代電子音楽」の響きを作る事が出来ます。

当たり前ですが、設定次第で「テレムジーク」風の独特なトレモロ効果を出す事も出来ます。
(ビートルズが使っているのと同じギターでHelpのフレーズを弾いて、「同じ音だ!」と感動するレベルの話ではありますが。。。

リング変調を基調としていることもあり、特に金管楽器、ハープ、ピアノなどの音色の変調の効果は絶品です。

ファイル書き出しの機能をつけて、音高を変化させずに再生速度を変化させる機能をつければさらに可能性が広がりそうな気がします。

また一人、偉大な作曲家が亡くなりました。
ご冥福をお祈りします。

ソース:http://www.artsjournal.com/postclassic/2006/08/james_tenney_19342006.html

先日お知らせしたニュースでは惑星が一気に12個に増えるかも、ということでしたが、学会の中で異論が続出し、最終的な結論としては冥王星を「クビ」にして惑星は水星から海王星までの8つへと減らされる事になりました。

冥王星は、小惑星のセレス、「第10惑星」候補とされた2003 UB313などと共に「矮小惑星」という「格下」の扱いになりました。
別に冥王星が無くなってしまう訳でもないですが、微妙に切ない気持ちになります。

マシューズがホルストの「惑星」の「続き」として作曲した「冥王星」が少しずつメジャーになってきたところですし、この曲をエサにしたCDや演奏会も少なからずあったのですが、今後は一気に演奏頻度が下がって行くのでしょう。。。

ちなみに、あまり知られていないと思いますが、シュトックハウゼンのLICHTER-WASSERの歌詞の大部分は太陽系の惑星、衛星の名前をひたすら連ねる「飛んだ」ものになっています。

ソース:http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20060824it15.htm

一度回収になったこのCD再び発売のようです。

ソース:http://blog.diskunion.net/user/Peso/Peso/4484.html

収録作品は以下の通りですが、当初収録されていた小杉武久「キャッチ・ウェイヴ」がMICHAEL RANTAの作品へと差し代わったようです。

1. ディヴェルティメント / 三保敬太郎
2. 東京1969 / 一柳慧
3. トランジェット / 三善晃
4. 閏月棹歌 / 柴田南雄
5. MICHAEL RANTAの作品
6. パノラミックソノール / 武田明倫

この「音の始原を求めて」のシリーズ、最近続々発売されている「日本の電子音楽」を揃えると、日本の電子音楽の代表作の多くを網羅する事が出来ます。

1- 音の始原を求めて
2- 音の始原を求めて2
3- 音の始原を求めて3
01- 日本の電子音楽1
02- 日本の電子音楽2
03- 日本の電子音楽3
04- 日本の電子音楽4

現在手に入る以上のアルバムの作品の収録作品を作曲家別に整理してみました。

黛敏郎:
・素数の比系列による正弦波の音楽 -1
・素数の比系列による変調波の音楽 -1
・鋸歯状波と矩形波によるインヴェンション -1
・マルチ・ピアノのための「カンパノロジー」 -2
・電子音響と声による「まんだら」-3

諸井誠:
・ピタゴラスの星 第1部「沈黙の輪」 -1
・ヴァリエテ -1
・小懺悔 -3
・赤い繭 -03

諸井誠、黛敏郎:七のヴァリエーション -1

湯浅譲二:
・ホワイト・ノイズのための「プロジェクション・エセンプラスティク」 -2
・ホワイト・ノイズのための「イコン」 -2
・ヴォイセズ・カミング -3
・葵の上 -01
・マイ・ブルー・スカイ第1番 -01
・人形劇「モマン・グランギニョレス」の音楽 -02
・舞踏劇「お椀」の音楽 -04
・舞踏「三つの世界」の音楽 -04

秋山邦晴:
・人形劇「脳味噌」の音楽 -02
・秘法19(テープパート) -03

柴田南雄:
・電子音のためのインプロヴィゼーション -2
・柴田南雄:ディスプレイ '70 -3

高橋悠治:フォノジェーヌ -2

松平頼暁:トランジェント '64 -2

篠原眞:ブロードキャスティング

武満徹や篠原眞の電子音楽作品は、まとめて収録されたものがありますから、その辺りも合わせればバッチリでしょう。

japanelecmus.jpg川崎弘二著によるこの本の638ページという分量にまず驚かされますが、内容もページ数に見合った濃厚なものです。巻末に収められた資料集は日本の電子音楽の作品リスト、音源リスト、文献リストの3本立てになっていて、これだけで200ページ弱、「主要」なものと慎ましく書いてありますが、ここにのってないものはないと事実上言ってもよいのではないでしょうか。

あまりの分量にまだまだ読み切れていませんが、第二章では19人に及ぶ関係者へのインタビュー、第三章での詳細な年代ごとの記録(1953〜75年の間に関しては毎年の状況が詳細にまとめられています)という堂々たる構成にはひれ伏すしかありません。

インタビューに登場する人は、湯浅譲二、上浪渡、佐藤茂、一柳彗、高橋悠治、小杉武久、水野修孝、松本俊夫、松平頼暁、篠原眞など錚々たるメンバーです。
柴田南雄、武満徹、黛敏郎、諸井誠あたりの大物が抜けている事を差し置いても、非常に貴重な資料になり得ると思います。

最近、どんどん日本の電子音楽の音源が発売されてきていますが、インタビューや年代記での記述をみるとまだまだ未知の作品が埋もれています。この書籍の出版をきっかけに、もっと音源が発掘される事を願いたいものです。
演奏家が楽譜を演奏して再現する事の出来ない電子音楽が生き残って行くためにはそれしか方法がないのですから。

個人的にはシュトックハウゼンが日本の電子音楽に与えた影響が気になるところですが、50年代の初期の電子音楽の作曲技法へ与えた影響(曲によってはシュトックハウゼンの作曲プロセスを雛形にした模倣的なものもあります)、1966年に来日した際のNHKの電子音楽スタジオでの「テレムジーク」「ソロ」の作曲、1970年の大阪万博での演奏に関しては、もちろんきちんと押さえられています。
知らなかった事としては、シュトックハウゼンのアシスタントもしていたこともある篠原眞が「ミクストゥール」のスコアの浄書をやっていたことが挙げられます。

その部分を引用すると、

「ミクストゥール」を二ヶ月かけて書きました。シュトックハウゼンがさっと速く書いてきた草稿を、A2の大スコアに見やすく美しく書くという事でした。
シュトックハウゼンはおそらく早起きして一、二ページを書きます。毎朝西ドイツ放送局電子音楽スタジオで会ってその草稿を受けとり、できればその日のうちに清書するわけです。とても骨の折れる仕事でした。
(引用終わり)

この辺のプロセスに、いかにもシュトックハウゼンらしいな、というのがにじみ出してきますけど、おそらく膨大なダメ出しを受けながらの大変な作業だったと推測します。
こうした浄書の仕事は今やアントニオがMacを使ってやっている訳ですが、制作手法は変わっても職人魂は同じなんだと思います。

DSCF1288.jpg
一週間前に澳門へ旅行に行った時の写真をアップしました。
http://web.mac.com/tierkreis/

1999年までポルトガル領だったこともあり、中国とポルトガルの文化が奇妙に混じり合った面白い都市でした。
数多くの美しいカトリックの教会や中国の寺院が共存する様、この街中に溢れる異様なパワーに圧倒されました。

無料の音楽雑誌の「ぶらあぼ」によるダウンロード型の音楽配信サイト『ブラビッシモ!』で、昨年私が大井浩明氏のフォルテピアノと共演したシューベルト「冬の旅」、ケージ「冬の音楽+ソング・ブックス」の演奏会のライヴ録音のダウンロード配信が始まっています。

シューベルト「冬の旅」
ケージ「冬の音楽」+「ソング・ブックス」(同時演奏)

「冬の旅」は1曲単位でも購入可能ですが全曲まとめて購入する方が圧倒的にお得な設定になっています。
ケージの方は、会場のスピーカーの音質が貧弱だったため、同時に再生したCD音源の音質、バランスがあまり良くなかったのですが、自宅でこの音源をライヴ録音に再び重ねるという荒技リミックスを施しこの欠点を改善し、それを本配信でも使用しています。2006年11月16日までの限定配信となりますので、お早めにご購入頂けると嬉しいです。

音源再生に際してWindows Media Playerが必要ですが、残念な事にMac版のWindows Media Playerでは再生できない仕様になっていますので(著作権保護のフォーマットの関係上)、マックをお使いの方はご注意下さい。
つまり私自身がダウンロードした音源を聴けない悲惨な状況なのですが、オリジナルの音源はもちろん持ってますのでご安心を。

一つ目は、惑星が3つ追加され12個になるかもしれないというニュースです。

ソース:「惑星」の定義の原案、公開へ

この新定義が学会で承認されると、火星と木星の間にある小惑星セレス、冥王星の衛星とされていたカロン、冥王星よりも遠くの軌道を回る「2003 UB313」という仮の名前が与えられた天体の3つが、新たに太陽系の惑星として認められる事になるようです。

ホルストの「惑星」に追加作曲された「冥王星」がラトル、ベルリン・フィルの演奏で録音された事によりメジャーな存在になってきましたが、これでまた「新惑星」にちなんだ曲を作る人が表れるかもしれません。


もう一つはNASAの月面着陸の磁気テープ原本が紛失か、というニュースです。

ソース:月面着陸の磁気テープ原本、紛失か…NASA

「米アポロ計画の貴重なデータを記録した磁気テープの原本が、大量に行方不明となっていることが15日わかった。 アポロ11号が1969年7月20日、人類初の月面着陸に成功し、アームストロング船長らが降り立った歴史的映像なども含まれているという。不明なのは、月から地球へ送信されたデータを記録した磁気テープの原本700箱分。」

本当は月着陸などしていない、という一見荒唐無稽な説も根強くありますが、にわかにその説が信憑性を帯びてきました。

シュトックハウゼン講習会にかかわる業務をとりしきっていたDettloff Schwerdtfegerは、現在シュトックハウゼンのもとを離れライプツィヒで働いています。現在の肩書きはそこにあるバッハ・アルヒーフのゼネラル・マネージャーです。

Bach-Archiv Leipzig

シュトックハウゼン、バッハというドイツの異なる世代の大作曲家に携わる大きな仕事を渡り歩くという、何ともゴージャスな経歴ですが、見た目は未だにドイツの学生風で彼のいかめしい名前とのギャップは大きいです。
今回はライプツィヒの仕事の合間に数日間、1受講生として参加していましたが、今年、バッハ・コレギウム・ジャパンがドイツに演奏旅行に来たよ、とか鈴木雅明氏がバッハ演奏のコンクールの審査員をしたよ、などという話をしていました。

彼の姿を見るのも久々で懐かしかったのですが、もう一人久々に見た大物が。
NATÜRLICHE DAUERNの演奏会の日だったのですが、見覚えはあるけれどもあれっ?という顔を発見しました。
それは何とマルクス・シュトックハウゼンでした。
かつてはシュトックハウゼン講習会でトランペット・クラスの講師を務め、異様なまでの集中力で圧倒的な演奏を披露してくれていたのですが、自身の演奏活動に専念したい、ということで父親の作品の演奏からここしばらく遠ざかっているのです。
たまたま同じ時期にケルンでライヴがあり、そのついでにキュルテンに立ち寄ったらしいです。
そのケルンでのライヴはそこに聴きに行った友人の話によると、教会でのソロの即興で長い残響を利用し、照明にもこだわった演奏だったようですが、そこでの非拍節的なタイム感は、マルクスがキュルテンでたまたま聞いた父親の新作NATÜRLICHE DAUERNに影響を受けたようだった、ということです。

個人的には、マルクス名義で出している何枚かのアルバムでの「気の抜けたような」音楽性(部分的には面白い瞬間もあるのですが。。)が全く好きでないし、そんなことするより親父の作品演奏している方が「光っていた」と思うのですが、それは本人の意思ですから仕方ないのでしょう。

マルクス・シュトックハウゼンHP

ただし、純粋なトランペット奏者としての技量は非常に素晴らしいことには変わりありません。
エトヴェシュのトランペット協奏曲風の作品「Jet Stream」でソロを吹いているアルバムがありますけれども、彼のソロのお陰で作品の印象自体がものすごくグレード・アップしているように感じられます。
父上の指揮によるハイドンの「トランペット協奏曲」も本当に軽々と吹いています。
(ここでの父上作曲の「微妙な」カデンツァが何とも言えません。カデンツァという言葉から期待する超絶技巧を駆使した音数の多いフレーズなどといった期待をことごとく交わしているため、第一印象は「何じゃこら?」でしたが、実は聞き込む内にだんだんと面白さが滲み出てくる逸品です。)

ハイドンといえば、モーツァルトとシュトックハウゼンの関わりも要チェックです。
以前の記事にも書いたシュトックハウゼンによるモーツァルトのリズム構造に関する論文は非常に面白いです。

調性音楽における和声のカデンツと「リズムのカデンツ」の関わりの分析が膨大な実例と共に紹介されていますが、ドミナント→トニックという周波数比に直すと3:2という構造が、リズム構造にも深く関係している、という内容です。
リズムでの3:2という比率は通常の音符と付点音符の対比、あるいは通常の音符と3連符の対比に相当しますが、そうした関係が作品の様々な次元(楽章間の拍子の関係、楽章内での転調と基本リズムの関係、和声カデンツとリズム・パターンの関係)で表れているというものです。

特にここではリズムの細部構造(=リズムのカデンツ)に焦点を当てて分析をしていますが、これを踏まえていくつかのモーツァルトの作品を聞いて見ると、モーツァルトの音楽の心地よさの秘密の何割かは、このリズム構造にあるのではないか、と思えるようになってきました。

先月のキュルテンでの講習会で世界初演されたばかりのシュトックハウゼンの新作KLANG:3時間目「NATÜRLICHE DAUERN 自然の持続時間」(2005/06)からの抜粋が8月30日(水)金沢において早くも日本初演されます。

演奏は昨年のシューベルトとケージの演奏会でも共演させて頂いた、大井浩明氏です。
ちなみに今回演奏される作品は、シュトックハウゼンの昨年の来日講演後、京都滞在時に作曲した5,6,7曲目ですが、大井氏は京都生まれということで京都つながり、ということになります。

演奏会の詳細は以下のページからご覧下さい。
http://www.kanazawa21.jp/theater21/2006/bosen6/bosen6.html

ちなみに上のリンク先ではシュトックハウゼンの演奏曲目が「ピアノ曲X」となっていますが、急遽今回の新作に変更しての演奏になります。

 KLANG4時間目は「天国への扉 HIMMELS-TÜR」という意味あり気なタイトルのついた作品ですが、ほとんどの場面で打楽器奏者がドアを木のバチで叩き続けるだけという極めて異色な作品になっています。
 
 この作品のために特別にあしらえられた観音開きのドアは、左右それぞれ縦方向に6層に分かれ、それぞれ異なる木の素材で出来ているので、叩く場所を上下変化させることによって6種類の音色が生じる事になります。普通に叩くだけでなく、ばちでドアを擦るなどのヴァリエーションもありますし、打楽器奏者の足音によるリズムも加えられるので(床にも板が敷いてあります)、非常に限定された音色のパレットの中で音色やピッチの細かい変化がつくように考えられています。
 始めは断片的に演奏されるリズムが、徐々に細かく複雑なものへと発展していく構成になっていますが、ドアを叩くと同時に足音も鳴らすために視覚的な面白さもあります。ドアの低い部分を叩くために寝転がったり、両手を上に上げたまま足踏みをしながらその場で一回転したりなどユーモラスな要素もあります。
 演劇的な要素も強いこの作品ですが、極めて限定された音素材(ドア)の様々な音色の可能性を実験するように演奏する様は、1つのドラの音色の可能性を究め尽くそうとする「ミクロフォニーI」を思い起こさせます。ミクロフォニーIでは多様な方法で演奏されるドラの音をフィルターなどで電気的に変形させますが、この「天国への扉」では電子変調の類は一切なく(シュトックハウゼン作品の演奏で通常行われるマイクによる増幅すら行われません)「ミクロフォニー・アコースティック版」とでも喩えたい気分になります。
 
 ドアを叩くリズムが最高潮に複雑になった時に突然、ドアが音もなく開きます。ドアの奥には何も見えません。打楽器奏者はゆっくりとドアの向こう側へ歩いていき(この時の足音も音楽的に作曲されています)、姿が見えなくなってしばらくすると、突然舞台裏からドラやシンバルなどによる大音響のリズムが鳴り始まります(木の音色から金属の音色への移行)。さらにサイレンの音がそこに加わり(こうした音色の組み合わせはヴァレーズ作品の音響を強く意識させます)、客席に座っていた少女(4〜6歳位)がそこから歩き始めステージへ上ります。開いたままになっているドアまで進みドアの向こうの様子を訝しげに窺いますが、そのままドアの向こうへと消えていきます。この間ずっと鳴っていた打楽器とサイレンの音はだんだん弱くなり、そのままフェード・アウトしてこの作品は終わります。
 タイトルから想像できるとおり「天国への扉」の向こう側は「死」を暗示するのですが、少女が感情を表に表す事なくそのドアの向こうへと行ってしまう様子は非常に詩的で感動的でした。
 
 私はシュトックハウゼンへのおみやげとして、「世界のドア」「世界の窓」という2冊の写真集を持っていきました(この写真集は先日触れたものです)。「世界のドア」はもちろんこの「天国への扉」を意識して選んだのですが、たまたま同じ写真家による「世界の窓」が隣においてあってこちらも非常に美しい本だったのでついでにと思って持って行ったら、これが思わぬ結果を生みました。
 これらの本は「天国への扉」の演奏されたコンサートの終演後に渡したのですが、「ドア本」を渡すや否や、シュトックハウゼンはいたく感動した様子で本の何ページかの写真に見入っていました。さらに「窓本」を渡すとシュトックハウゼンはさらに驚愕した様子を見せました。「私が『窓』を題材にした作品を作曲していることは話していなかったと思うのだが?!」
 もちろんこれは偶然なのですが「楽園の窓」という名前の作品を作曲している、ということ、さらに「天国への階段」という作品も計画(これには女性のspecial singerが必要だと話していました)していることを教えてもらいました。
 半分冗談で「きっと階段の写真集が必要だろう。」と話していましたが、これは、と心当たりがある人はシュトックハウゼンに送ってあげると喜んでもらえるのではないでしょうか?
 これらの作品は当然KLANGに組み込まれると思われますが、その他「和音」をテーマにした作品、カティンカやスージーのための作品なども予定されているようです。
 
 ちなみにこの2冊の本が気に入ったシュトックハウゼンは、その本にサインしてくれ、と私に頼みました。あまりの意外な展開に一瞬意味が分からなかったのですが、「私の」サインをその本に書いてくれ、ということでした。「書く場所がないからここに座りなさい」と例の巨大なミキサーの御大の席に座らされペンもシュトックハウゼンから借り(「シュトックハウゼンの」サインを求める受講生を待たせて)シュトックハウゼンのためにサインを書く私の姿は奇妙なものだったに違いありません。

iTunesミュージックストアをあさっていたらいろいろと面白いものを発見しましたが、今回はウクレレものを紹介します。(リンクはすべてiTunesミュージックストアに繋がってます)

ウクレレジブリ
ウクレレ・ウルトラマン
ウクレレ ビートルズ 2
ウクレレ栗コーダー

ウクレレを中心にしたアレンジでリコーダーがメロディーで時折加わりますが、当然なごみ系のほのぼのしとした音楽になります。トトロやナウシカといったジブリものはともかく、ウルトラマン・ナンバーをウクレレでというのはキワモノの臭いぷんぷんでしたが、いやはや不安を裏切る面白さでした。「ウクレレ栗コーダー」にはディープ・パープルやダース・ベイダーの脱力カバーも入っていますがこれもオススメ。
曲によって口琴やちょっとした打楽器が絶妙に加わっていますがリコーダーでメロディー、ウクレレでコードのきざみ、チューバでベースラインという常識では考えられないようなアレンジのものもあります。
ビートルズのものにはヴォーカルが時折加わりますが、力の抜けたヴォーカルが気持ち良いです。

企画物的なこれらのアルバムですが、この種のものにありがちなやっつけ仕事的な所がなく、楽しんでアレンジ、演奏をしているのがよく伝わってきますし、BGMとして聴きたい人にとってもマニアックにアレンジを分析してみたい人にとっても楽しめる内容になっています。録音、ミキシングも非常に丁寧でウクレレの美しい響きを堪能できます。

店頭にこうしたCDが並んでいても買うのに躊躇してしまいますけどiTunesならこのようなマニアックなものでも試聴して曲ごとに購入できるので、思わず大量にぽちぽちクリックしてしまいます。

KLANG:1時間目「昇天」前編中編後編
KLANG:2時間目「喜び」

 KLANG3時間目は「自然の持続時間 NATÜRLICHE DAUERN」という奇妙なタイトルのついたピアノのための作品です。KLANGは1日の24時間に対応する24の作品から構成される計画ですが、この「自然の持続時間」はそれ自体が24の作品から構成されています。今回はその内の1曲目から15曲目のみが初演されましたが(残る9曲は2007年7月リスボンで初演予定)、この15曲のみで約100分を要する大作となっています。
 
 シュトックハウゼンは1950年代より「ピアノ曲 KLAVIERSTÜCK」というタイトルのついたピアノのための作品をこれまで19曲発表(19曲目は未初演)していますが、12〜14作目では種々の内部奏法やピアニストの声なども用いてピアノの音色の領域を拡大し、15作目以降ではKLAVIERを「ピアノ」ではなく「鍵盤楽器」という風に読み替える事によってシンセサイザー(=音色を自在に変えられるピアノの進化形)で演奏する事を前提に作曲しています。「ピアノ曲XI」(1956)と「ピアノ曲XII」(1979/83)の間に作曲された2台ピアノのための「マントラ MANTRA」(1970)においてもピアノの音色にリング変調を施したり、補助的な打楽器などを使う事によってピアノの音色を拡大する試みを行っていた事も考えると、「モノクローム」の音色しか持たない(アコースティック・)ピアノから、「カラフル」な音色を持つシンセサイザーへ移行していったのはシュトックハウゼンの中では自然な流れだったはずですし、そうしたことから、多くの聴衆がシュトックハウゼンは今後アコースティック・ピアノを作曲する事はないだろうと予測していたところに、アコースティック・ピアノのための作品が突如24曲完成したことは大きな驚きでした。
 「ピアノ曲」のシリーズは当初21曲の連作として計画されていましたが、第1作目(1952)から半世紀を経てようやく18曲目(2004)までが初演された(しかも12作目以降は作風が大きく変わっています)という紆余曲折と、今回の24作品はわずか1年の間に作曲されたという速筆振りのギャップの大きさも尋常ではありません。
 

[参考]シュトックハウゼンの鍵盤楽器作品のリスト

  • KLAVIERSTÜCK I-IV(1952) ピアノ
  • KLAVIERSTÜCK V-X(1954-55, IXとXは1961年に完成) ピアノ
  • KLAVIERSTÜCK XI(1956) ピアノ
  •  
  • INTERVALL(1969) 4手ピアノ(直感音楽「来たるべき時のために」より)
  • MANTRA(1970) リング変調された2台ピアノ+補助的な打楽器
  •  
  • KLAVIERSTÜCK XII(1979/83) ピアノ
  • KLAVIERSTÜCK XIII(1981) ピアノ
  • KLAVIERSTÜCK XIV(1984) ピアノ
  •  
  • SYNTHI-FOU (KLAVIERSTÜCK XV)(1991) シンセサイザー、電子音楽
  • KLAVIERSTÜCK XVI(1995) 電子音楽、ピアノ、シンセサイザー
  • KOMET als KLAVIERSTÜCK XVII(1994/99) シンセサイザー、電子音楽
  • KLAVIERSTÜCK XVIII(2004) シンセサイザー
  • SONNTAGS-ABSCHIED als KLAVIERSTÜCK XIX(2001/03) シンセサイザー、電子音楽
  •  
  • NATÜRLICHE DAUERN 1–24(2005/06) ピアノ


 そして何よりも、この作品自体の作風が非常に異例なものでした。一聴してケージやフェルドマンを思わせるような瞑想的で静謐さに満ちた作風は、メロディーを作曲の基礎に置いた(=フォルメル技法)70年代以降の作品とは全く異なった響きを持っていて、60年代に突然舞い戻ったかのような錯覚すら覚えます。
 
 この作品の基本コンセプトはメトロノーム的拍節によらない新しいリズム法の追求です。ピアノで演奏される持続音の減衰時間は音域、音量、ペダルの状態で様々に変化しますが、そうした自然現象に基づいた時間をリズムの基礎に置こうというのがこの作品の狙いで、それが「自然の持続時間」というタイトルにも関連しています。この限定されたアイデアだけで24曲を作るというのは非常に厳しい要求のように思われますが、シュトックハウゼンはそこから多様な発想に基づいた作品を生み出しています。
 以下はいくつかの作品の大まかな構成です。

 2曲目は、前打和音を伴った24音のピッチのセリー(1,2時間目で使用されたものと同一)が単音でペダルを踏みっぱなしの状態で順番に演奏されますが、これらの24のイヴェントの持続時間は音が減衰するまでの時間で決められます。前打和音とセリーの各音の間隔はごく短い1音目から徐々に開いていき(このタイミングは拍節的に記譜されています)24音目では5秒以上になり、この前打和音の音域は最高音域から最低音域へ、セリーの各音は最低音域から最高音域へ徐々に移行していきます。最後に、このイヴェントを圧縮するかのように、24の前打和音が徐々に音価を拡大しながら(拍節的に記譜されています)再度演奏されて作品が終わります。
 1,3曲目も似たような発想で作曲されていて、特にこれらの冒頭3曲がケージ、あるいはフェルドマン的な雰囲気を持っています。
 
 5曲目は、24音のピッチのセリーがそれぞれのイヴェントで1-2-3, 2-3-4, 3-4-5といった感じで断片的なメロディーとして演奏されますが同時に弱音で演奏される低音域の和音の減衰を待って次のイヴェントへ進む仕掛けになっています。ちなみにこの作品は昨年来日した際、京都で作曲していますが、そのせいか非常に日本的な「間」の間隔やメロディーのオリエンタルな雰囲気が印象に残ります。
 
 6曲目は、ペダルを踏んだまま両手で(独立したタイミングで)繰り返し演奏されるメロディーが始めは速く、徐々にリタルダンドしていき中間部ではそのテンポがかなり遅くなり、再びアッチェレランドしていき始めのテンポに戻ったかと思うと、再度突如減速して終わる、という糸が絡み合ったりほどけたりというイメージを喚起させる曲です。
 
 10曲目では、最低音域で演奏される和音の減衰時間を基準として、最高音域でメロディーの断片が不規則なルバートや音量変化を伴って(このパターンは低音の和音のたびに変化します)繰り返し演奏されますが、右手の全ての指にインディアン・ベルが仕込まれているので演奏するたびにこれがシャラシャラと音を立ててピアノの高音域のメロディーに絶妙な彩りを加え、ルバートや音量に呼応してインディアン・ベルのリズム、音色が微妙に変化していく美しい作品です。
 
 12曲目では、24の和音が順番に演奏され、もう一度それを繰り返すだけ、という極めてシンプルな構造になっていますが、それぞれの和音の持続時間はピアニストの呼吸の長さで決定します(1つ目の和音で吐き、2つ目の和音で吸うetc.)。1度目はこの呼吸を静かに行う事が指定されているので非常に静的な音楽になりますが、2度目は呼吸の音が聴衆に聞こえるほど激しく行う事が要求されるので、音楽はハーハー言う音も相まって、非常にせわしないものになり、最後にピアニストが溜息をついて終わるギャグの寒さに聴衆は凍りつきます。ちなみにこの24の和音は音量の変化を伴って演奏されるので、それが呼吸の長さにも若干の影響を与え、持続時間にさらに微妙な不規則性が加わります。
 
 15曲目では、最低音域から高音域までゆっくりと不規則な音階が上昇していき(同時に24音のピッチのセリーの断片が聞こえます)、一定のところまで達するとグリッサンドなどで低音域にすばやく戻りテンポを不規則に変化させ再び上昇、といったプロセスを繰り返しますが、繰り返すたびにこの上昇する音塊が音数を増やし、グリッサンドを伴うクラスターにまで成長していきます。それと同時にはじめは1音ずつ点描的に演奏されていたセリーの「オブリガート」はだんだんメロディックになっていきます。最後にはこの音の階段は最高音域に達し、それでも飽き足らずにピアニストは立ち上がり、最高音域の弦を引っ掻いて作品は終わります。
 
 その他、いくつかの作品では「昇天」で採用されていた、両手で異なるテンポで演奏するテクニックも使われています。
 ピアニストが声を発したり、前述のインディアン・ベルなど若干の例外はあるものの、特殊奏法の類を敢えて使わず、ピアノのモノクロームな音色のみに集中し、音数を絞った極めてシンプルな作りに徹しているところに、シュトックハウゼンの自信を伺うことができます。
 
 今回この作品はピアノ・クラスの講師である二人のピアニストBenjamin KoblerとFrank Gutschmidtによって演奏されました。1曲または数曲ごとに交替で演奏するスタイルで、演奏をしないピアニストは舞台下手に用意された椅子に座って待つのですが、「間」の多いこの作品とその演奏スタイルの組み合わせが奇しくも将棋や囲碁の対局を思わせるような結果になっていたのが妙に可笑しかったです。

KLANG:1時間目「昇天」前編中編後編

 二人の歌手を伴ったオルガン(またはシンセ)のための大作である1時間目「昇天 HIMMELFAHRT」に続く、KLANGの「2時間目」の作品は二人のハーピストのための「喜び FREUDE」です。この作品も「昇天」と同様にミラノの大聖堂で演奏されるために委嘱を受けたものです。
 50年前、若きシュトックハウゼンの電子音楽の新作「少年の歌」をケルンの大聖堂で演奏をしようと試みるも、スピーカーを(神聖な)教会の中に置く事はできない、という理由で教会側から演奏を拒否されましたが、いまや逆に、教会からシュトックハウゼンに作品を次々と委嘱するまでに時代が変化してきた事には感慨深いものがあります。

 この作品はペンテコステ(聖霊降臨祭)に初演されましたが、それにちなんで「Veni, Creator Spiritus」の24行の詩が二人のハーピストによって歌われます。そしてこの24行の詩がこの作品の24のモメントに対応するように作曲されますが、当然ながらKLANGの連作が全体が1日の24時間を音楽的に表現する事と関係があります(1時間目「昇天」では全体が24のテンポの半音階のセリーを成すような24の小部分に分かれていました)。
 音楽素材としては「昇天」で使われた24音のピッチのセリーやリズム・ファミリーが流用されていますが(例えば作品の始めに歌われる「Veni Creator」と歌う箇所にはこのセリーの冒頭6音の移高形が使用されています)、「昇天」とは全く違った方法でこれらの音楽素材が展開されているように聞こえました(楽譜を見ていないので詳細不明)。
 
 シュトックハウゼンのハープのための作品は、前例がないため、どういう響きがするのか全く想像がつきませんでしたが、いかにもハープらしい響きがする、というのが第一印象でした。
 当然のように思われるこのことは多くの現代作曲家に忘れ去られています。楽器の様々な音色の可能性を発見して特殊奏法として採用していく事は、シュトックハウゼンを含む多くの作曲家によって数多く行われています。しかし、その実験精神ばかりが独り歩きして、その楽器本来の持ち味を生かす、という側面が多くの作曲家にとって忘れ去られている思うのです。例えば、オーケストラの作品を書くのに電子音楽のような音響を試みるよりはオーケストラらしく響く作品を作るべきであるし(電子音楽的な音響が必要であるのなら、電子音楽を作曲した方が簡単で機能的でしょう)、電子音楽を製作するのに、そこでオーケストラの音色を模倣するのは馬鹿げている、という主旨の文章をシュトックハウゼンは書いていたことを思い出しました(そうした観点から見ると、「昇天」は実にオルガン的であるといえます。シンセで演奏しても、ものすごく機能の進化したオルガンの演奏を聴いているような気持ちになります)。
 
 いくつかの特殊奏法も使っていますし、声とハープの音色の重なり合いも美しい効果を上げていますが、ハープ特有の音色や音響がこれほどまでに効果的に生かされ、且つシュトックハウゼンの音楽として成り立っている、ということは私にとって非常に驚くべき事でした。
 色彩感豊かなトレモロやアルペッジョの多彩で美しい効果は、シュトックハウゼンがハープという楽器の機能を知り尽くしていることを伺わせますし、複数の弦を平手で叩くなど、様々な方法で弦を鳴らす特殊奏法も面白い効果を上げていました。一度弦を鳴らしたら基本的に音高の変えられないハープのサウンドに声のグリッサンドを組み合わせたり、Sなどの子音を弾き延ばしたノイズ的サウンドを付加したり、というシュトックハウゼンお得意の手法も数多く見られ、フォルテで演奏された和音の減衰音のみを聞くような楽想(ミラノの大聖堂の長い残響時間を考慮したのでしょう)は遠い過去の作品「ルフラン」すら思い起こさせますが、そうした抽象的な要素と、メロディックなフレーズ、調性感すら感じさせる柔らかい響きの和音などが違和感なく結びついているところも興味深いです。
 もっとも印象的だったのが、グリッサンドの使い方です。このハープのグリッサンドは美しく神秘的な響きを持っていますが、ムード・ミュージックなどで濫用されたために、使いすぎると陳腐でありきたりな印象すら起こさせかねない諸刃の剣と言えます。シュトックハウゼンはこの作品で、その「危険な」グリッサンドを本当に到るところで使っていますが、陳腐な効果に陥るどころか白昼夢を思わせるような夢幻的な世界を描き出していました。
 
 演奏した二人(一人はカティンカの姪)の白い衣装やボーイ・ソプラノを思わせるような純粋な声も相まって、二人の天使が歌いながらハープを演奏しているかのようなステージでしたが、40分という長い演奏時間にも関わらず、そうしたキャッチーな演出と比較的親しみやすい曲想は聴衆の大絶賛を引き出しました。
 シュトックハウゼンも作曲、演奏ともに非常に気に入っているようでしたが、あまりにも入れ込みすぎていたせいか、この作品のゲネプロではサウンド・プロジェクションに関してちょっとしたことで周りのスタッフに強い苛立ちをぶつける異例の機嫌の悪さを見せていました。この聴衆の大喝采も、シュトックハウゼンのなりふり構わぬ努力の甲斐あってのことなのでしょう。

KLANG:3時間目「自然の持続時間」へ続く

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