2006年6月アーカイブ

saudades.jpgジャック・ディジョネット(ドラム)、ジョン・スコフィールド(ギター)、ラリー・ゴールディングス(オルガン)によるユニット「Trio Beyond」による2枚組のライヴ・アルバムです。トニー・ウィリアムスの伝説的ユニット、ライフタイムへのオマージュとして結成されたユニットですが、このライヴでもライフタイムの1st、2ndアルバムからのナンバーを中心に選曲されています。
アルバム冒頭3秒を聴いただけで、とてつもない名演である事を確信できるほどの集中力に満ちた音楽がCD2枚分にたっぷりと収録されています。

前述のライフタイムのレパートリーに加えて、トニー・ウィリアムスが在籍していた時代のマイルス・デイヴィスのバンドのレパートリーも演奏されていますが、ここからも単なるライフタイムのトリビュート・バンドではないもっと幅広い音楽を追求しようとしている事が分かるかと思います。
曲目は以下の通りでが、「分かる」人にとってはたまらない選曲でしょう。

If
As One
Allar Be Praised
Saudades
Pee Wee
Spectrum
Seven Steps To Heaven
I Fall In Love Too Easily
Love In Blues
Big Nick
Emergency

マイルス門下生であるジャック・ディジョネットとジョン・スコフィールドの名前が並んでいるだけで、ゾクゾクしてしまいますが、同じマイルス門下の先輩であるトニー・ウィリアムスのパワフルで天才的なドラミングに敬意を払って演奏するとなると、気の抜けた演奏をするはずがありません。ジョン・スコフィールドとも親しい中堅のラリー・ゴールディングスも加えて、結果的にトニー・ウィリアムスのことは忘れてしまう程、3人のクリエイティヴな音楽に飲み込まれていきます。

ジャック・ディジョネットの躍動感と力強さを兼ね備えたドラムに、ジョン・スコフィールドの屈折したフレーズが絡みつく様に病みつきになってしまいますが、その二人の巨匠級の演奏に必死で食い入ろうとするラリー・ゴールディングスもなかなかの好演をしています。
ジャズ、ロック、ファンク、ブルースなど様々なスタイルの楽曲が立ち替わり登場しますが、アップテンポの曲からバラードまでどんなテンポ、スタイルでも自由自在に料理して説得力のある演奏を繰り広げます。
全体を通して非常にパワフルな印象を受けますが、パワー一辺倒に陥らない繊細な側面も見逃してはならないでしょう。

全ての収録曲について説明する余裕はありませんが、Seven Steps To HeavenやI Fall In Love Too Easilyといった60年代のマイルス・バンドの定番レパートリーが新鮮なアレンジをほどこされたり、このバンドのオリジナル曲Saudadesでマイルスの名盤「ビッチズ・ブリュー」の「スパニッシュ・キー」の引用があったりと、マイルス・ファンならニヤリとしてしまう演出も面白いですし、Big Nickでジョン・スコフィールドがソロを繰り広げる内にオルガンのバッキングがなくなり、ジャック・ディジョネットとの壮絶なデュオになってしまうコルトレーン的展開(この曲はもともとコルトレーンの曲をライフタイムがカヴァーしたものですから、参照元の参照元まで立ち戻ったということになります)など、数限りない見せ場があります。

このアルバム、実はECMレーベルなのですが、このレーベルのイメージからは想像しにくいほどの「熱い」テンションが全編に張りつめています。現在のジャズ・シーンでここまで「熱い」演奏というのも(もちろん表面的な大音量やキャッチーなリフなどによる見せかけの熱さではありません)なかなかお目に掛かれないのではないでしょうか。
汗がスピーカーからこちらに飛び散って来そうな勢いを持った「男のジャズ」と言えるでしょう。

fukyo.jpgサムライに扮した近藤等則がトランペットと刀を持っているジャケが冗談か本気か分かりませんが、このジャケの通りのサムライ・ジャズといった趣の内容になっています。
全編エレクトロニック・トランペットの無伴奏ソロ演奏のみで構成されていますが、虚無の空間に切り込んでいくような緊張感に満ちたフレーズの間の取り方は「和」の世界です。その音楽は、宛ら竹薮の中で孤独に尺八を吹いているかのようで、ノイズ的な奏法も多用していますが、これも多分に尺八的といえます。
ディレイを駆使する事によって、オーヴァーダブなしにポリフォニックな楽想も可能にしていますが、絶妙なバランス感覚で「間」が埋もれないように、うまく計算されています。

ジャズ(=即興演奏)と武士道の意外な近親性を強く感じさせる名作と言えると思いますが、そうした近親性を考えると、フリー・ジャズやジャンルを超えた即興演奏のシーンで何人かの日本人アーティストが海外からも高い評価を受けているのも納得できます。

yuji_bach_concerto.jpgyuji_bach_goldberg.jpgyuji_bach_fuge.jpg

高橋悠治の旧譜が大量に再発されましたが、その中からバッハを電子楽器で演奏したものを紹介します。
一つ目は「クラヴィーア協奏曲集」。基本的にスタインウェイで弾いていますが、2つの協奏曲の第2楽章では電子ピアノ(フェンダーローズ)に換えての演奏となってます。不思議な事に、前後のアコースティック・ピアノで弾いている楽章と繋げて聴いてもほとんど違和感がありません。

二つ目は「ゴルトベルク変奏曲」。本編の方はアコースティック・ピアノですが、付録として収められた「14のカノンBWV1087」ではローランドのシンセサイザーによる演奏で、非人間的且つ暖かみをもったプログラミングが秀逸です。ほとんどが20秒〜40秒のごく短いカノンばかりですが、思わず繰り返し聴いてしまいます。

極め付けは「フーガの技法」をシンセサイザー(ムーグ、EMS)で演奏した「フーガの[電子]技法」です。これは、ふざけているのかと思いたくなるほどに、バッハの原曲を徹底的に解体してしまっています。極端なトレモロやヴィブラートをつけたり、オリジナルのピッチがほとんど分からないくらいの強烈なモジュレーションをかけたりと、いかにも「電子音」的なプログラミングを施している時点で原曲のフォルムがかなり崩れているのに、テンポはヨレヨレ(各声部の縦のラインが揃っていないところも数多くありますが、クリックトラックなどを使わずに多重録音を行ったのでしょう)、和声の整合性などお構いなしに一部の声部にディレイを掛ける事によってハーモニーもポリフォニーも極度に混濁している部分もあります。同じ声部でも曲の途中で音色がどんどん変化していくように構成していますが、何らかの統一的な規則性がある様子はなく、気まぐれに音色を変化させているように聞こえます。

バッハの意図したポリフォニーは無残なまでに破壊されていますが、上記の様々な音響操作によって、様々な音色の電子音によるポリフォニーが、バッハのフーガに寄生して奏でられる高橋悠治のオリジナル作品だと思って聴くのが正解ではないでしょうか。

バッハと電子音の相性は非常に良いですが、彼の音楽の持つ抽象性がそのような特性を持たせているのでしょう。
電子音との相性が良いクラシック音楽の作曲家でぱっと思いつくのはバッハ以外に後期ヴェーベルンくらいかな?などと思案していると、ルネサンス及びそれ以前のポリフォニー音楽はかなりの割合でOKではないか、ということに気付きました。
そういえば、大昔、マショーの「ノートルダム・ミサ曲」をMIDIに打ち込んで、2xリコーダー、2xフィードルという音色の設定にするとなかなか優雅かつ作品の隠れた魅力を再発見する結果になったことを思い出しました。

gould_wagner.jpg sow.jpg

ヴァーグナーの音楽から壮大さを取り去ると何が残るかを試してみた2種類の異色アルバムを紹介します。

一つ目はグレン・グールドによるヴァーグナーの作品集「Gould Conducts and Plays Wagner」。
生涯で唯一の指揮者としての演奏となる「ジークフリート牧歌」の異常に遅いテンポの演奏も面白いですが(同曲のピアノ編曲版も併録)、グールド自身がピアノ独奏用に編曲した「マイスタージンガー」や「神々の黄昏」からの抜粋の演奏が彼らしい独特な仕上がりになっています。大オーケストラの重厚で濃厚な色彩が、ピアノの乾いたモノクロームな響きへ置換される事により、ヴァーグナーの音楽のポリフォニックな側面が浮き彫りになってきます。特に「マイスタージンガー」の前奏曲はバッハがあと100年長生きしていたらこのような曲を書いたのでは、と思わせるほどの非ロマン的且つ疑似バロック的な解釈で演奏され、多重録音も駆使して複雑な対位法を活き活きと描いています。
「神々の黄昏」もピアノをオーケストラのように鳴らす事には全く興味がないようで、半音階的な和声やモチーフ、テクスチュアの不断の変容のみに焦点を当てたストイックな解釈は、ヴァーグナーの音楽から壮大さを取り除いても彼の音楽の素晴らしさには全く影響がない、つまりヴァーグナーの音楽は「初めに壮大さありき」ではないという事を強く示しています。
非ロマン的な演奏ではありますが、無味乾燥に陥ることなく、内なるエクスタシーに満ちた演奏になっているところも興味深いです。

もう一つの異色ヴァーグナー・アルバムはCurd Ducaによる、その名も「switched on wagner」というアルバムです。ヴァーグナーの曲をシンセで、というのは一見ありがちな企画のように思われるかもしれませんが、このアルバムでは重厚なシンセのハーモニーでヴァーグナーの壮大な作品を、という期待を完全に裏切ってくれます。
副題が「minimalistic mood music」とありますが、携帯電話の着信音にもできそうな「かるーい」「うすーい」ヴァーグナーに仕上がっています。鍵盤ハーモニカのような音色にプログラミングされたムーグ・シンセサイザーで「ヴァルキューレの騎行」を単音(!)で超絶的に演奏したり、口笛風の音色によるこれまた超絶的な単音演奏による「タンホイザー」、ディレイを効かせたエレクトロニック・ベースの音色の「ローエングリン」の「婚礼の合唱」(これも単音)など、微笑ましいトラックが続きます。
その他「マイスタージンガー」「ジークフリート」「パルジファル」なども収録されていますが、全11曲収録で総演奏時間36分という非ヴァーグナー的な短さも「ミニマル・ヴァーグナー」の面目躍如です。

broadway4.jpgポール・モチアンの"On Broadway"シリーズの第4作です。
第3作まではビル・フリーゼル(ギター)、ジョー・ロヴァーノ(サックス)、チャーリー・ヘイデン(ベース)による編成で浮遊感溢れる演奏を繰り広げていましたが、最新作の今作では一変して、クリス・ポッター(サックス)、ラリー・グレナディア(ベース)によるトリオを核とした編成になっています。アーティストのクレジットが「Paul Motian Trio 2000+One」となっていますが、このトリオに、曲によってレベッカ・マーティン(ヴォーカル)、菊地雅章(ピアノ)が交替で加わっての2種のカルテットによる演奏が交替する構成になっています。

スタンダードの名曲を高水準で独創的な演奏で聴かせるコンセプトは同じですが、編成が変わった分アルバムのカラーはこれまでのシリーズからガラッと変わりました。ピアノレスのトリオをバックにレベッカ・マーティンが歌う組み合わせは一見奇妙に感じられるものの、50〜60年代のモダン・ジャズを感じさせる正統的且つ創造的な演奏が秀逸です。クリス・ポッターの演奏も風格に満ちた充実したものですし、レベッカ・マーティンのクールな味わいのヴォーカルも心地よいです。(ポール・モチアンのリーダー作でヴォーカル入りなのは、私の記憶が正しければ今回が初だと思います)


一方、菊地雅章が加わったカルテットの演奏では、スタンダード・ナンバーのメロディーが抽象的に解体され、耽美的に歪んだハーモニーの中を漂う、レベッカ・マーティンの加わったトラックとは全く異なる雰囲気を醸し出しています。
菊地のピアノの枯れた音色と独特の「間」が相変わらず素晴らしいですが(そして例のうなり声もかなり入っています)、クリス・ポッターがこちらではフリー・ジャズ以降の現在進行形のスタイルで演奏しています。

ポール・モチアンの精密なモノクロ写真を思わせるドラムが素晴らしいのはもちろんですが、ラリー・グレナディアの重厚なベースがこのアルバムの価値を高める事に貢献しています。チャーリー・ヘイデンとは全く違った重厚さが、このブロードウェイ・シリーズに新たな彩りを添えています。

収録曲の作品の一部を以下に紹介しておきます。

The Last Dance
Tea For Two
Never Let Me Go
Everything Happens To Me
I Loves You Porgy
etc.

ちなみに「Trio 2000」というユニットのクレジットは「Trio 2000+One」というアルバムで既に使用されています。
ポール・モチアン(ドラム)、クリス・ポッター(サックス)、スティーヴ・スワロウ(ベース)というエレクトリック・ビバップ・バンドのメンバーによるトリオに、曲によってゲストの菊地雅章(ピアノ)、ラリー・グレナディア(ベース)のどちらかが加わる、今作と類似した編成でした(今回のアルバムで、スティーヴ・スワロウに代わってラリー・グレナディアが正メンバーに「昇格」したことになります)。
菊地とはゲイリー・ピーコックを加えたトリオ「テザード・ムーン」でも共演が長いですが、複数のプロジェクトが入り組む様は、ポール・モチアンの織物のような緻密で複雑なドラミングと相似形を成しているようです。

small_planet.jpgこの写真集(表紙の画像がAmazonへのリンクになっています)、一見ジオラマとかミニチュアの写真に見えるのですが、実はどれも実物の写真ばかりです。空から写した様々な風景写真の上下両端のピントをぼかすだけで、ビルや車がマッチ箱のように、人間がプラスチックの人形のように見える不思議な錯覚効果を生み出すのですが、それを全面的に使ったのがこの写真集です。

以下のサイトにいくつかのサンプル写真がのっています。

http://www.stairaug.com/ARTIST/honjo.shtml

この写真に限らず、物事というのは周りとの関係によって全く別のもののように感じられる、という実は当たり前だけれどもあまり注意を向けられない事実を痛感させられます。

ligeti_concertos.jpg83歳だったそうです。
なんだかんだと言いつつも、この人にはかなり影響を受けました。

今は全く違いますが、学生時代にはリゲティ・マニアだったといっても良いくらい入れ込んでいました。
10年以上前、学生時代に来日した時のレクチャー&コンサートを聴きに行きましたが(エチュードの第1巻とか2台ピアノの曲とかをやっていました)、かなりに口の悪さに失笑した記憶があります。

リゲティがハンガリーから「西側」に亡命してきた直後、シュトックハウゼンが色々と世話したのは良く知られているかと思いますし、シュトックハウゼンの弟子といっても良いのではないかとも思ってますが、実はリゲティの方が年上だったのですね。

それにしても京都賞をとった人は受賞後まもなく死んでしまう、というジンクスがありますが2001年に受賞したリゲティもそうでした。。。
アーノンクールとかどうなるのでしょうか?

晩年の傑作であるヴァイオリン協奏曲が入ったCD(上記ジャケット)でも聴きながらご冥福をお祈りしたいと思います。

ソース>asahi.com

evanParkerBirds.jpgタイトルの通りエヴァン・パーカーが鳥と共演したアルバムです。「鳥」といっても鳥の鳴き声を中心としたフィールド録音で曲によっては様々なエフェクトがかけられています。録音されたものとは言え、鳥の鳴き声と「交信」するかのようなエヴァン・パーカーのサクソフォンの響きは神秘的です。メシアンの鳥へのこだわりを考えるまでもなく、鳥の鳴き声、存在そのものには神々しさすら感じられます。

このアルバムは最近亡くなったフリー・ジャズ界の仙人スティーヴ・レイシーに捧げられていますが、ここでのエヴァン・パーカーの演奏はスティーヴ・レイシーのプレイを思わせるような断片的なメロディーを中心に構成されていて、得意技の循環呼吸によるピロピロしたフレーズは抑制されています。そして、エヴァン・パーカーが鳥の鳴き声を介して天上のスティーヴ・レイシーとセッションしているようにも感じられる、緊張感に満ちたフリー・ジャズの世界とは全く反対の安らぎに満ちた音楽へと仕上がっています。

ほとんど加工されていない鳥の鳴き声の録音と共演したトラックでは、鳥の声とソプラノ・サックスの響きが一瞬区別が着かなくなりそうなほどに溶け合う瞬間も少なくないですが、チャーリー・パーカーが「バード」という愛称で呼ばれたように、サックスの音色と鳥の鳴き声にはそもそも近親性があるのではないでしょうか?
そう考えると、スティーヴ・レイシーもエリック・ドルフィーもオーネット・コールマンも鳥っぽい感じがします。
逆に、コルトレーンは決して鳥っぽくは聞こえませんが。。

ちなみにジャケットの画像からはわかりにくいですが、動物が立体的に飛び出たりと、凝ったアートワークになっています。

Evan Parker - Soprano & Tenor Saxophones
John Coxon & Ashley Wales - Soundscapes

SuzanoPanJ.jpg現在のブラジル音楽界で最も重要な音楽家の一人であるマルコス・スザーノによるパンデイロの教則ヴィデオが発売されています。
「Marcos Suzano Presents パンデイロ・マスターへの道」と題されたこのDVD、映像的にはスタジオでマルコス・スザーノがパンデイロ片手に淡々と様々な奏法を説明して行くだけの単調なものですが、彼がこの小さくてシンプルな楽器からどのように多彩な音色とリズムを生み出しているかをじっくりと観察する事が出来る、彼のファンにとっては生唾ものの内容となっています。

パンデイロの基本的な奏法を説明するところから始まり、サンバなどブラジル音楽の基本的なリズムパターンの演奏法から、ドラムンベース、ファンクなど、ブラジル音楽の枠に留まらないマルクス・スザーノならではの超絶的なリズムの演奏法の秘伝に到るまでを惜しげも無く披露しています。キング・クリムゾンなどプログレのリズムに影響を受けた事などを実例を交えて説明しているところも興味深いですが、それがブラジル音楽の伝統的なリズムとどのように掛け合わされ、刺激的なリズムへと変容するかを体感できるのも面白いです。ブラジル音楽の伝統的なリズムそのものも、思っているよりもずっと多彩であることもこのDVDを見て実感する事が出来たりと、単なる楽器の教則ヴィデオの域を超えて、ブラジル音楽の深淵に触れる事が出来ます。

いきなり難しいリズムを早く叩こうと思わずに、楽器の基本的な奏法をゆっくりじっくりと練習しなさい、という他の楽器全般にもいえる至極当たり前のことが何度も力説されていますが、このような天才的なプレイヤーの発言となると非常に説得力があります。

付録としてキーボード、ベースと組んだスタジオ・セッションの様子も収録されています。

natura.jpgECMレーベルからシェルシの新譜が発売されました。収録作品、演奏者は以下の通りです。

Ohoi
Ave Maria*
Anâgâmin
Ygghur*
Natura renovatur
Alleluja*

チェロ独奏:Frances-Marie Uitti*
Münchener Kammerorchester 指揮:Christoph Poppen

弦楽オーケストラのための作品と無伴奏チェロの作品を交互に並べた構成になっていますが、シェルシならではの繊細な弦楽の響きを遠近両面から観察できる仕掛けになっています。

チェロ独奏の方は1本のチェロを4本の弦の合奏と見立てて(楽譜も4段になっています)、ユニゾンから逸脱する微分音的な複数の弦の軋みと微細な音色変化を聴かせるYgghurと、極めてシンプルで旋法的なグレゴリア聖歌風のAve MariaとAlleluja(どちらも原曲は合唱作品)といった、全く作風の異なる作品を組み合わせていて、これがアルバム全体のトーンにうまく変化をつけています。

弦楽のための作品は複数の弦楽器のうねるようなハーモニーが印象的ですが、微分音を多用したハーモニーから突然長三和音が立ち上がって再び無調のテクスチュアに解体して行くNatura Renovaturを始めとして秀逸な作品が揃っています。

どの作品もこれまで別の音源で聴けたものばかりなのですが、これらの繊細な響きをテーマとした作品がECMのきめ細かく美しい録音によって聴けるというのが、大きなポイントかと思われます。

僅かなウィークポイントがチェロ独奏による前述のAve MariaとAllelujaでしょうか。
作品がシンプルなだけにもっと考え抜いたフレージングで演奏されれば、と悔やまれます。
アルバムの構成上、こうした作品があるのは良いアクセントになるのですが、どちらもアルカイックな曲想にしては「歌いすぎ」で、少し中途半端な印象が残ります。

hermetomorenacd.jpg70歳のエルメート・パスコアルが40歳以上年齢の離れた新妻アリーネ・モレーナと組んだデュオ・アルバムの新作はかなり大変です。98%二人だけの演奏ですが、数え切れないくらい大量の楽器を駆使しての多重録音に驚かされます。ミキシングも含めて相当細かい仕事をしていることが見受けられますが、音を重ねている割に「隙間」も多く残しているところが独特です。ヴォーカル・パートも多重録音を駆使する事によって最大10声以上の分厚い響きを作っていますが、マニアックなまでに複雑な和声による多重録音コーラスは聞き物です。
ブラジル音楽を基調にして、調性から無調性、楽音からノイズ、規則性と不規則性の領域を自由自在に行き来しますが、全体を覆う「音楽的躁状態」が印象的です。
エルメートの天才的な音楽性は良く知られていますが、親子くらいに歳の違うアリーネがエルメートと対等に渡り合っているのも驚異的です。音楽的な相性もぴったりでエルメートの狂気がそのままアリーネに乗り移ったような印象を受けます。

このアルバムはCDとDVDの両フォーマットで発売されていますが、実はDVDが素晴らしいです。
(ジャケット画像が発売元へのリンクになっています)
スタジオでの多重録音の風景を映像にも収めていて、このDVDではそれぞれのテイクの映像が組み合わされて音源と結びつけられているのです。幾重にも多重録音が行われている場面ではエルメートやアリーネが画面中で増殖するような効果も面白いですし、どのように多重録音が行われているのか資格で確かめる事も出来ます。

アリーネの狂った演奏っぷりもおかしいですし、体中に大量の紙コップ、カスタネットなどをくっつけてタップしながら音を出す無理矢理ぶりにも唖然とします。スタジオに水を張ってのウォーター・ドラムや変な鳴き声のするぬいぐるみ、マウスピースを取り付けたヤカンの演奏映像などが、通常の楽器の演奏の映像と組み合わされるのも痛快です。

圧巻はアリーネがモーツァルトの「夜の女王のアリア」を歌うところでしょう。非クラシック的なアプローチでこの難曲をエキセントリックに歌う様もものすごいですが、モーツァルトの原曲とは全く関係のないフリー・ジャズ的なピアノの多重録音によるエルメートの演奏が刺激的です。
ちなみにこの曲で夜の女王の雰囲気を出すためか、アリーネが黒いマントを羽織って演奏しているのがユーモラスです。

どうでもいいことですが、演奏中のエルメートの寄り目が気になります(汗

ありがちな訂正メールですが、かなり笑える間違いだったので以下に紹介します。
微妙すぎてどこが違うのか凝視しましたが、間違いの箇所を発見して思わず脱力しました。

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●お詫び

昨日ご案内させて頂きました「カメオインタラクティブ 重要なお知らせ」の中
に誤記が確認されました。

謹んでお詫び申し上げますと共に、訂正をご案内させて頂きます。

誤)
株式会社カメインタラクティブ

正)
株式会社カメオインタラクティブ

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おしらせ

■松平敬 1stアルバム
《MONO=POLI》


 マショーからケージまでの声楽アンサンブル作品を、多重録音によってすべて一人の声のみで演奏したアルバム。
 16声部のリゲティ《ルクス・エテルナ》も収録。

ENZO Recordings
EZCD-10006

プロモーション・ヴィデオ

ご購入は以下まで:
HMV ONLINE
TOWER RECORDS ONLINE
amazon.co.jp

松平敬 - モノ=ポリ・ひとりの声のための交響曲

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