2000年7月アーカイブ

 ビル・エヴァンスは初心者からマニアまで多くの人に愛されているジャズ・ピアニストであるが、彼ほどピアノを愛し、ピアノと共に生き、ピアノと共に死んだピアニストはそれほど多くないであろう。
 彼の指先から紡ぎ出されるピアノの繊細な音色と耽美的なハーモニーは多くのジャズ・ファンを魅了してやまないが、それは彼の音楽が単に美しいだけではなく、人間の生と死がそこに描かれているからであろう。

  ビル・エヴァンスと聞いてまず思い浮かぶのが、スコット・ラファロとポール・モチアンとのトリオによる諸作品であろう。ベース・ラインを刻むだけではなくピアノと濃密に語り合うスコット・ラファロの天才的なプレイ、そして20代という若さで自動車事故によってこの天才ベーシストが命を奪われてしまうという運命の皮肉については多くの方が既に御存じであろう。

  この奇跡的なトリオによってビル・エヴァンスは決定的な名声を得て、スコット・ラファロ亡き後も約20年間にわたって活躍し続けるのであるが、ビルの死の1年前になって、このトリオに匹敵すると、ビル自身が語った新しいトリオが結成された。マーク・ジョンソンのベースとジョー・ラバーバラのドラムによるトリオである。

 ビルはこのトリオで「文字どおり」死の直前まで演奏し続けた。
 彼の生涯最後の演奏は1980年9月10日である。翌11日に病院へ運ばれ、そのまま回復することなく15日に死去。
 死因はドラッグの常用から来る肝硬変であるが、まわりの忠告にも関わらず病を押してステージに立ち続けたらしい。つまりビルは自分の死を覚悟して演奏に臨んでいたのであるが、それほどこのトリオで、「命と引き換えに」究極の音楽を奏でたかったのであろう。
 マークの回想によると、ビルの指はむくみ、とてもピアノが弾ける状態ではなく、ほとんど気力で乗り切っている感じで、共演者のマーク自体も、もう演奏をやめて病院へ行って欲しいと切望するほどひどい病状であったらしい。
 
 この9月10日の録音は現時点では発見されていないようであるが、この直前、サンフランシスコのジャズ・クラブ「キーストン・コーナー」での1980年8月31日から9月7日の演奏の録音が残されておりこの全てを「CONSECRATION ---The Last Complete Collection---」という8枚組のボックス・セットで聴くことができる。

 どの音楽家でも、晩年の作品や演奏に対しては成熟し切ったとか、枯れたなどという形容詞がつくことが多いのであるが、ビルに関してはこの言葉はあてはまらない。
 いつもは理知的なサウンドを聴かせるビルなのだが、ここでの演奏はとても死の直前とは思えないくらいにアグレッシブである。しかし、表面的なサウンドがいかに盛り上がろうとも、鳴り響く音のすべては死へと向かっている。私は音楽を職業としているので、様々な音楽を聴く機会があるが、このビルの最期の演奏ほど壮絶なものをいまだに聴いたことがない。
 キース・ジャレットは演奏する時に常に、これが自分の生涯最期の演奏だと思ってピアノを弾くと、発言していたらしいが、ビルの場合はまさに、明日消えてしまうかもしれない命を燃焼させながら、1音1音人生に別れを惜しむように演奏していたのであるからその凄さは容易に想像できるであろう。
 
 バラードの演奏における耽美の極みもすごいのだが、アップ・テンポの曲の演奏は、まさに命の火が消えないうちに心に鳴り響く音楽を残しておこう、という気持ちの表れた、焦燥感に満ちたものである。人間は死の直前に自分の人生を走馬灯のように振り返るというが、ビルの頭の中にもこうした情景が浮かんでいたのであろうかと思わずにいられない演奏であり、まさに「白鳥の歌」と呼ぶにふさわしい魂の音楽である。
 
 死の直前のビルのライヴでは常に最後に「My Romance」を演奏していたらしく「コンセクレイション」にも「マイ・ロマンス」が多くのヴァージョンで収められているが、20年前にスコット、ポールとのトリオで録音した耽美的なヴァージョンとは全く異なり、ビルの心の叫びが理性というフィルターを通さずに直接音として表れたような壮絶な演奏である。
 
 ベースやドラムのソロがたびたび挟まれ、曲のテンポもしばしば大きく揺れ動く大胆なアレンジで、特に終結での極端なまでのアップテンポの部分から大きくリタルダンドしていくところは非常に印象的であり、ビル自身この曲の演奏に自分の人生全てを投影させているかのようである。
 
 当然、ビルの生涯最後に演奏した曲も「マイ・ロマンス」である。マーク・ジョンソンの言葉を引用しておこう。


 最後に演奏した曲は今でもはっきりと憶えている。「マイ・ロマンス」。もうことばではいいつくせないほど胸に迫る演奏だった。終わってしばらく涙が止まらなかった・・・・
<ジャズ批評別冊 ビル・エヴァンス(ジャズ批評社)109頁>

 ジャジューカ関連の強力なアルバムが最近発売された。
 国内盤も出ているのだがそのタイトルがかなり笑える。
 
 題して「邪呪歌(ジャジューカ)」
 
 このアルバムのプロデュースはタルヴィン・シンという在英インド2世のタブラ奏者。伝統的なインド音楽の枠に留まらず、様々な先鋭的なアーティストと共演してきているが、ビョークの2枚のアルバム「デビュー」「ポスト」への参加は特筆されるべきであろう。
 そして彼と共演しているのが先日紹介したバシール・アッタール率いるマスター・ミュージシャンズ・オブ・ジャジューカである。
 タルヴィンはインドの伝統音楽とドラムン・ベースを掛け合わせたような実験的な音楽を追求しているが、そうした彼とテクノ的なトランス感覚を持つジャジューカ音楽が合体するとどうなるか?その答えがこのアルバムである。

 タルヴィンとジャジューカの共演したトラックとジャジューカ音楽のトラックが交代していく構成になっていて、それぞれのトラックは切れ目なく続いていくように編集されているが、この地理的にも歴史的にも違う道を歩んできたそれぞれの音楽が何の違和感もなく共存していることは驚きである。
 
 インド、イギリス、モロッコ・・・この3つの音楽を結び付けるものは強力なビートである。インドのタブラも、モロッコのドラムも、ドラムン・ベースのプログラミングされたリズムも、或る1つのビートの上で出会うことによって地理的、歴史的な相違を超えていとも簡単に共鳴しあい異次元への音楽がスピーカーから奏でられるのだ。

 ちなみにこのアルバム「邪呪歌」はブライアン・ジョーンズのジャジューカ音楽のアルバムと同じ、フィリップ・グラスのレーベル POINT MUSIC より発売されている。

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おしらせ

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