本日は蕨市まで「クラヤミノtones」というワークショップへ参加してきました。
このワークショップの「倍音コンダクター」徳久ウィリアム氏からのお誘いで参加しました。徳久氏は、昨年、日本現代音楽協会の企画で共演した、ホーメイほか特殊唱法のスペシャリストです。
会場は大学の小さめの講義室くらいの広さの畳張りの部屋で、窓に黒い布を貼るなどをして、完全な暗闇の環境を作り,そこで声を出したり歩いたりする、という内容でした。
こうやって書くと何でもないようなイベントのようですが、そのすごさは体験してみないと分からないでしょう。
完全な暗闇状態を作っているので、目を開けても閉じてもまったく違いはありません。
始めのうちは残像のようなものが見えますが、時間がたつと完全に「見る」という感覚を忘れ、聴覚や触覚のみを頼りに行動することとなります。
視覚が遮断された分、これらの感覚が研ぎ澄まされるのを体験するのは、かなり新鮮でした。
まずは、暗闇のなかで自分の体の様々な部分を触ります。
自分の触った部分のみが暗闇のなかで照らし出されたような不思議な感覚になります。
そして、暗闇のなかで倍音唱法的な発声で各自が好きに音を出します。
たくさんの声の倍音が重なりあうさまも、視覚情報がない分、細かく聞き取れることができます。
声を出している主体が見えないので、まわりから聴こえてくる声が、肉体から離れた音響そのものとして聴こえてきます。
暗闇に慣れてくると、多くの人が声を出している中、メガホンで声を出している特定の人のところまで歩いていく試みも行われました。
音の出てくる方へ移動することは、日常生活で珍しくはありませんが、完全に視覚を遮断して純粋に音声情報だけで判断することは、これまで完全に未体験で、不思議な感動を覚えました。
2時間あまりのワークショップのあと、少しづつ照明をあげていきますが、「見える」ということの大きな意味を再認識し、同時にそれ以外の鈍感になりがちな身体感覚の意味も考え直しました。特に、暗闇のなかで触覚を意識することによって、この感覚が今までと違うもののように思われました。
シュトックハウゼンは電子音楽を聴くときに、見るべきものは何もないので、目を閉じて音楽を聞きなさい、そうすれば内なる世界が広がるだろう、という意味のことを何度も話していましたが、そうしたことも思い出しました。
ワークショップが終わった後、街の街灯を見ただけで、すべての視覚が異様にヴィヴィッドに感じられたのも面白かったです。
特別な運動を行ったわけでもないのにマッサージを受けたかのように体がすっきりしたのも不思議でした。私がよく行く整体の先生に、施術中に目を閉じなさい、とよく言われますが、膨大な視覚情報が体にストレスを与えるのかも、というようなことも考えました。
この企画は、これ以降も予定されていますので、ご興味のある方は参加されてみてはいかがでしょうか?
リンク:クラヤミノtones





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